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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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十三、婚姻届の乱
ゾロナミend








ナミの頬と胸についた傷を、見る度にゾロの胸は痛んだ。
あれは自分がつけた傷。
その事実が苦しかった。

痛々しい傷には顔を半分も覆うほどの大きなガーゼが貼られている。

「傷、残るかなぁ?」
ナミがチョッパーに聞いているのを耳にした。
顔と胸だぞ。
もし傷が残るほど深い傷になっていたら。
ゾロはナミを斬った時の手ごたえを思い出そうとしたが、できなかった。
どこまで深く斬ってしまったのかゾロにはわかるはずだが、思い出すのが、確かめるのが怖かった。
ゾロはしばらく刀を握れなくなった。
トラウマだ。
ナミの頸動脈を切ってしまう夢を見た。
細い首の上を手で押さえるけれども、どく、どくと血が外へ出て行って、やがてナミは動けなくなる。
体が冷たくなり、目蓋が閉じ、二度と動くことも、話すことも、笑うこともなくなる。

そんなことには、耐えられない。
ましてや、大切な人の命を奪うのが自分だなどと。
刀を握ると心が迷うようになった。
だから握れなくなってしまった。

それと同時に、ゾロはナミを徹底的に避けた。
ナミの顔を見るなり、露骨に席を立つし、すれ違わないように細心の注意を払っていた。

街の小競り合いに巻き込まれたときも刀を振るえなかった。
素手で戦うので、拳の皮は剥け血だらけになった。
どう見ても最近のゾロは挙動がおかしいので、怪我の手当てをしながら遂にチョッパーが聞いた。

「ゾロお前、最近どうした?」

どうしたもこうしたもない。
ナミに傷を負わせたのがゾロだと知っているのは、あのマリアとかいう女だけだ。
当のナミは山の上のレストランに行った日から、何も覚えていないと言う。
こんなデカイ傷がついて痛いだろうに、ゾロを見てもキョトンとしている。

酷いことをしてしまった。
女の顔に、傷をつけるなんて。

「別に⋯⋯」
「あのな」
言い淀むゾロにチョッパーはきっぱりと言った。
「何があったかは知らねぇけど、ナミを避けるのはやめろよな。ナミだって人間なんだぞ。悲しむ心を持ってるんだからな」
これは昨日、ナミが自分で言っていた言葉だ。ウソップとチョッパーとナミで、「あいつ避けてるよな?」という話になり、ナミは胸に手をクロスして「私だって人間よ、悲しむ心を持っているのに...」と言ってひと笑い取ったところだった。(チョッパーだけは本気にした)

「すまねぇ⋯⋯」
「俺はいいけどよ、本人に言ってやれよ」
「ああ⋯⋯」
「ああ見えて、ナミは優しいから許してくれると思うぞ」
ナミが聞いていれば制裁ものの要らん言葉を言って、チョッパーは笑った。


その本人も、このままではいけないなと思っていた。
やはり避けられているのが露骨だと仲間達もギスギスするし、意思疎通もままならないとナミは思っていた。

「あっ、ゾロ!」
びく!とする背中にナミが駆け寄る。チョッパーに怪我の手当てをされたところらしかった。
「大丈夫?怪我したの?」
拳に包帯が巻かれているのでナミが覗き込んだ。
そのナミにもまだガーゼと包帯が巻かれている。
ゾロはナミが近づくのが途端に怖くなった。
また傷つけてしまったら。

「あっ何、無視!?」
ゾロが走って逃げようとするのでナミも追いかけた。トンテンカン!とザンバイたちが船を作る音が聞こえる。
ガレーラのドッグを足早に駆けて、ゾロは外へ出て来た。

「なんなのよ、もお」
ナミは走り疲れてヘロヘロになりながらゾロを追った。こんなに逃げるのはおかしい。
もしかして、と思った。
記憶がない間、何かあった?とやっと思い至る。
「私たち、ゼェ、あの時、何かあったの!?」

ゾロは目視できるもののもはや遠くにいるので、ナミは大きな声を出した。
反応はなく、ナミはその場に片膝をついた。
もう知らん。追いつけない。
肩で息をしながら地面を見ていると、ゾロが目の前に来ていた。

「お前は覚えてないと言うが」
ゾロがナミの頬を見て言った。
「この傷はおれがつけた」
後悔で俯く。ナミの顔が見られなかった。
「本当に申し訳ない。取り返しのつかないことをした」
「どういうこと?何があったの?」
ゾロは仔細に説明した。
「お前は操られていて、俺とも戦った。お前は俺に勝てないと思ったんだろう。刀を手放させる為に、自分から斬られに来た」
刀は引く時によく斬れると言われている。
ゾロは刀を動かさなかったが、ナミは自分の体を刃に当ててから持ち上げた。
それは刀身を引く動作となりナミの皮膚を破った。

「ド根性じゃない」
ナミは記憶のなかった時の自分に感心して言った。
「本当にとんでもねーよ⋯⋯」
ゾロは頷いて頭を掻いた。
「それでだ。実はずっと考えてたんだが」
走ったナミはまだハァハァと息を整えている。

「結婚しよう」
「あーうんうん結婚ね。ハァ!?」

水路の近くにへたり込んでいたナミは渾身のノリツッコミをした。
「責任を取る」
「私の気持ちは無視かい!?」
「いや別に、オマエが嫌なら強制はしない」
ナミはぼぼぼ、と赤くなった。
「だがいつでも責任を取る用意がある」

ナミはさんざん赤くなった後、ゾロのその言い方になんだかムカッとした。

「せ、責任って何よ!人を傷物とでも言いたいわけ!?」
「そんなこと言ってねぇだろ!!だから⋯⋯その傷でお前が悲しむことがねぇように一生⋯⋯」
守って行きたい、と思ったが、それはなかなか言い出せなかった。
ルフィやサンジだって迷わずそうするだろうから、今更言うのも恥ずかしい気がしたのだ。

「そんな理由で結婚とか死んでもイヤ!私は好きな人と結婚したいしみんなそうであるべきだと思うもん!」
「だから、おれは好きなんだよ!」

ナミはぽかんと口を開け、目を大きく見開いた。

「ずっと前から。お前が俺を見るのを待ってた」
操られたナミが命がけで戦うのを、“らしい”と思った。
俺はお前にいつも命をかけさせて来た。
アーロンパークで海に入った時も、お前の事情はお構いなしだった。
海の中で見たお前の顔。
泣きそうで、悲しそうな顔で必死に泳いで、縛られたおれを掴んだ。
ほらな、やっぱりそういう顔で助けに来ると思ったぜ。
見捨てられないだろう。
お前はそういう女だと知ってたよ。
あの時から、お前から目を離せなかった。
夢を追うその生き様は格好が良く、尊敬に値するものだった。
その傷だって、何のことはないと思ってるんだろう。
自分にできることは何であっても最大限やるということを、ゾロとの戦いの中でも示した。
そういうところが好きなのだ。

「好きだから、結婚したい。ダメか?」
「いやっ、そんな、突然すぎて⋯⋯」
ナミは赤くなって俯き、ゴニョゴニョと言った。
「大丈夫だ」
ゾロがぽんと肩を叩いた。
「惚れさせる自信はある」
「はい!?」

「ンマー、若いねぇ」
そこへ偶然通りかかるアイスバーグ。
「おっ、いいところに市長、婚姻届持ってるか?」
「持ってないだろ!」
「ンマー、新秘書が」
「どうぞ!」
「あるんかい!」
「ホラ。書け、ナミ」
「バカじゃないの!?」

ぐぐぐ、とペンを持たせようとするゾロに、ナミは細かくツッコミを入れながら抵抗する。
「海賊がどこに婚姻届提出しようとしてんのよ!」
「ンマー受理しようか?」
「市長の権限をそんなとこに使うな!」
「いや、壁とかに飾ろうと思ってた」
「なんなの!?」


一味の仮の宿へ帰り───

「保証人のとこ、誰でもいいから署名してくれ」
「コ、コンイントドケ⋯⋯?って?読めるんですケド⋯⋯?」
何かを察したサンジが壊れてしまう。
「ルフィ、書いてくれ。あ、名前書けるか?」
「失敬だな!お前!書けるぞ名前くらい!!」
「じゃああとウソップ頼む。そげキングでもいいぞ」
「誰と結婚するんだよ?」

ウソップが聞くと、ゾロが後ろにいたナミを親指でさした。
ナミは頭を抱えている。
「いや⋯⋯この傷、ゾロと戦った時の物なんだって⋯⋯だから結婚するって言って聞かなくて⋯⋯」
ナミが頬と胸の傷を指差す。
「え───!?」

クルーの驚きの声がこだました。




さて、婚姻届も残りはナミの署名のみとなった。
「ロロノア・ナミねぇ。いい名前じゃねぇか」
ゾロが感慨深げに呟いた。
ナミが酒場に逃げたので追って来たのだ。

「あのね、ゾロ。この傷キレイさっぱり治るかもしれないし、全然!気にしなくていいから。そもそも何があったか覚えてないし。私たち付き合ってもないし、さすがに結婚は重いわよ⋯⋯」
ナミは至極当然のことを言った。
「あ?まだそんなことごちゃごちゃ言ってんのか」
いや、言うだろとナミは思ったが、顔がバカみたいに赤くなっているのも事実だった。
ゾロが自分のことを好きだなんて思ったことがなかったし、すごく恥ずかしかった。
それに、傷の責任を取るから結婚するというのは、何だか悲しい。
そっちの比率の方が大きいなら、そんな結婚なんてしたくなかった。

「もはや傷がどうとかじゃねーんだよ」
ゾロは酒瓶を4、5本空けている。
少し酔っているらしい。
「お前を狙ってる男は大勢いるだろ。結婚すればそいつらが散るだろ。だからおれにしとけ」
よくわからない理論だが、ナミの胸はどきりとした。
つまり、私が他の男のものになるのが嫌だと言っているのだろうか。そんな独占欲がゾロにもあったなんて。

「わかってます?結婚したら、アンタだって他の女とどうこうなっちゃいけないのよ?」
「なんでおれが他の女とどうこうなるんだよ」
いや、ゾロはなんだかんだでモテると思いますし?男の遊びたい盛りかと思っていたが。

「好きなやつがいるのに、なんで他に行くと思う?」
心底わからない、という顔でゾロが聞くので、ナミは狼狽えた。
「そんな、でも⋯⋯だって」
そんなに自分のことが好きなのか。この男は。
「私のどこが好きなのよ」
ナミはジロリとゾロを見た。

ゾロは酒瓶から口を離して、笑った。
「全部」

あ、だめだ。
落とされた。見事に落とされてしまった。
気づいたら婚姻届にサインしてたわ。
そして気づいたらベッドの上だった。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ⋯⋯」
最高だった。
こんな気持ちいいセックスはしたことがない。
「もう一回、いいか」
「待っ、も、もうムリ⋯⋯っ」

胸に赤い線が走っている。
その赤さにゾロはまた興奮した。

どんなに嬉しいか、わかってないのだろうな。
男たちがお前に惹かれるのもよくわかる。
外見がいいだけじゃなく、内面に光る何かがあるからだ。
ゾロはやっと安心した。
結婚すれば、ナミを狙う奴もいなくなるだろう。

「あっ、もう、ダメっ、ゾロ⋯⋯っ!」
「ナミ⋯⋯っ!」
「ヤダもう!離婚───!」






新しい船の一角には、二人の婚姻届が貼られていたという。
二人は事実上の結婚をし、いつまでも幸せに暮らしたそうな。
めでたしめでたし。









End
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