novels2

□願いは優しい腕の中で
1ページ/3ページ

 願いは優しい腕の中で
 前
 
 
 



 
 起きたら隣にゾロが寝ていたので、ナミは喉の奥で小さく悲鳴を上げた。

 島に滞在していて一緒に酒を飲んだ。そこまでは覚えている。
 酒場の中は人が多く活気があった。
「宿取ったの?」
「いや、船で寝る」
「じゃあ私があんたを船まで送らないといけないわけね。了解」
「一人で帰」
「れない。前野宿したでしょ。ばかね」
 この島のログは溜まるのに一ヶ月半かかるらしい。長い航海でずっと波に揺られているから、久しぶりに陸で寝ようかと財政に余裕のあるクルーは宿を取ることも多い。
 特にナミは様々な街のホテルでゲストの待遇を受けるのが好きである。普段苦労をしているから、羽を伸ばしてくればとルームメイトも言ってくれるので。 
「ここの街すごいのよ。酒造が多いの。温度とか湿度とか、綺麗な水が湧いてるとか、適した環境があるのね。きっと美味しいお酒が飲めるわよ」
「へえ、それは楽しみだ」
 ゾロは笑って隣に座る。二人はよくこうして一緒に酒を飲む。
「お嬢さん、よく知ってるねぇ」
 隣にいた飲んだくれのおじいさんが、カウンターに突っ伏しながらグラスを掲げている。
「昔水の精と風の精がこの島に授けてくれたのがこの酒さ。飲めば体の悪いところは良くなるし、願いも叶えてくれる」
「じゃあなんでジイサンはそこで飲んだくれてんだよ」
「これが儂の望む姿さ」
「そうかよ」
 ぐでぐでとカウンターにもたれた老人が言う。
「楽しみがあるのはいいことじゃない。私ウェザリアにいた時思ったもの。おじいちゃん達はみんな研究を生きがいにしてた。高齢だったけどみんな元気だった。人を生かすのは没頭できる何かなんだって思ったわ」
「お嬢さんは面白い子だね」
 老人は目を閉じてふふふと笑った。
「なにがおすすめ?」
「あの樽の酒を、割ってもいいし、そのままでもいい」
「じゃあそのウイスキー二つ。ありがとね、おじいちゃん」


「あ、やっぱり割ってもらおうかなぁ」
「臆したか」
 珍しいものを見る目でゾロが言った。
「うるさいわね。気分とかあるでしょ」
「わからん。酒はいつでもそのまま飲みてえ」
「あのねぇ、蒸留酒って度数が高いのよ?」
 普段船で飲むのはワインやビールばかりなので、ウイスキーよりはきつくない。ゾロはおそらく一人で船へ帰れないだろうから、ナミは送ってやるつもりで酒をセーブしようとしているのだが。
「潰れたことないだろ、お前もおれも」
「そうだけどさ」
「何を遠慮してんだか。好きなもん飲めばいいだろ」
 ナミの気遣いを知ってか知らずかそう言うので、結局ゾロと同じものを頼んだ。
「うめえな」
「本当ね!これ⋯⋯」
 おいしいと隣にいた老人に言おうとすると、もうそこには誰もいなかった。
「いない⋯⋯ゾロ気づいた?」
「いや、全く気づかなかった」
 気配がなかった。楽しそうに笑う老人だった。
 
「はー、うめぇ」
「そうね。本当、に」
 カウンターは狭く、自分の組んだ足のふくらはぎと、ゾロの脛が当たって擦れた。
 不自然に言葉を切ってしまったが、たまたまだろう、そう思ってナミは気を取り直してウイスキーを飲み干した。
 しかし酒が進むにつれ、触れた部分が熱を持った。
 それに驚いて足を離した。触れてしまわないように懸命に体を捻ったが、今度はゾロの組んだ足が自分の脛に触れた。
 わざとではない。でも確かに、ドキドキしたのを覚えている。
 汗が止まらなくて、それを紛らわそうとして酒を頼んだ。まだ帰るつもりはなかったから、いつもよりも余分に飲んだように思う。
 ナミはゾロの顔が見れなかった。見たら、ゾロが何を考えているかわかってしまいそうで。
 私が今顔を上げたら目が合うのだろうか。
 それは、何を意味するんだろう。
 顔が熱くて、息ができなかった。苦しくて、息を吸うように顔を上げた。
 ゾロはナミを見ていて、目が合った。もうずっと長い時間体のどこかが触れていた。
 何故だろう。
 もっと触れて欲しいと思っていたし、足が触れただけで気持ちが良かった。
 きっと互いにそうだったのだろうと思う。

 そして今、自分の取った部屋で朝を迎えてしまった。ベッドに二人して入っている。裸で。
 血の気が引くのがよくわかった。指先も何もかもが冷たくなる。
 酒場で目が合った、そこからの記憶はない。
 一番重要な部分を覚えてない。部屋に帰って来たことすら、ナミには思い出せなかった。
 挿れたのだろうか。
 ナミは頭を抱えた。
 それすらわからなかった。
 だって私には経験がないから。

 いくらでも恐ろしい目に遭って来たが、ナミには経験がなかった。
 それは危なくなると監視していた鮫の魚人が敵を殺しに来たからだが、今は割愛する。

 ナミはゾロが起きないよう、液体のようにヌルヌルとシーツから這い出た。
 床にどさりと落ちて、這いつくばりながら服を探す。
 思い出せ思い出せ。服を脱いだ記憶があるはずだ。
 部屋を教えた記憶、ドアを開けた記憶、ベッドに入った記憶、全部事実だ、あるはずだ。
 下半身に違和感はない。血が出た様子も、痛みもない。
 よかったぁ、もしかしたら何にもなかったのかも。
 ってそんなわけあるかい!

 ナミはひとりがけのソファに下着を見つけて急いで履いた。
 ブラとパンツの柄は揃っていなかったが、こうなると思ってなかったのだから仕方ない。
 その時、寝返りをうつ気配を感じてナミはベッドの影に隠れた。しゃがんで小さくなり、ゾロに見つからないように身を潜めた。
「⋯⋯なにしてんだよ」
 ゾロが身を縮めるナミをベッドの上から覗き込んだ。
「いやちょっと⋯⋯服を探して⋯⋯」
 ナミが露骨に目を泳がせる。
「風呂入らなくていいのか?」
 ゾロの言葉にナミはおののいた。
(お風呂!こういう時は入るもんなのかな⁉入った方が自然なの⁉わからない!)
「はい⋯⋯る⋯⋯?」
 ナミは肯定とも否定とも取れない絶妙な発音で言った。
「何だよ」
 それにゾロが笑ったのでナミも合わせて引きつりながら笑った。
 わからない。しかしゾロはいつもと違う気がする。仲間に対しての反応ではない気がする。
「しょうがねぇ奴だな」
 ゾロがベッドから降りてナミを持ち上げた。猫を運ぶように風呂場に連れて行かれ、ナミはされるがままになった。
(一緒に浴びるってこと⁉)
 わからない!
 何が正解なのか何が起こっているのかナミには全くわからなかった。
 そして湯でさっと洗われてしまった。

 呆然としながらナミは服を着た。何があったのか、どうなっているのかぐるぐると考えながらボタンを留めていたので互い違いになってしまった。それに気づいたゾロが直してくれる。
 ゾロらしくない行いにナミは何も言葉が出てこない。
 ボタンを留めて、ゾロは出て行くようだった。
 同じ宿に泊まった他の仲間たちもそろそろ起きて来る。

「じゃあ⋯⋯そういうことだから」
 ゾロはそう言い残し、バタンとドアが閉まった。
 ナミはポカンと口を開けて、そこで二時間は立ち尽くした。
 ───そういうことって何⁉
 え⁉なに⁉どういうこと⁉
 ナミはがくりと崩れ落ちて頭を抱えた。
 何も思い出せない。
 そういうことというのは何だ。
 経験がない自分にも体だけの関係があることくらいは知っている。それを指すのだろうか。
 昨日何があったのか一抹たりとも覚えていないのだ。
 ナミは俯いた。
 そもそも、私はゾロが好きなのだろうか。
 好きだと思う。だってしてもいいと思った。酒場ではいい雰囲気だったのは間違いない。
 でも向こうがそうじゃなかったら?
「そういうこと」が「手頃な体の関係」だと思われていたら最悪だ。
 ───初めてだったのにな。

 







Next
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ