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□宝物
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冷たい、冬の風がピュウピュウと吹いています。葉が落ちたはだかの木が、寒さにふるえるように痩せた枝を揺らしています。
庭先の掃除をするために、シウミンは外に出ました。竹の箒で、落ち葉を几帳面なほど丁寧に掃いて集めます。

「ぴがねりご〜、うまぎふるみょん〜…はは、ルハンの鼻歌移っちゃったな」
「シウミンシウミン、ルゥもおてつだ…わあ!寒い寒い!」

ルハンは一度外へ出てきたものの、そう叫んで家の中に戻ってしまったので、シウミンは笑いました。しばらくして、シウミンの綿入りの半てんを着てもう一度出てきました。

「シウミン寒くないの?」
「もちろん寒いよ、でももう慣れっこだよ。手伝わなくていいからルハナは中に入ってな、風邪引くよ」

このあたりは雪はあまり積もりませんが、冬はとにかく凍てつくような寒さになります。シウミンの鼻先も赤くなっていました。庭先をきれいに掃除すると、家のあちこちの痛んでいるところを直していきました。古い家ですから、すきま風が入るのです。

「ああ、寒かった〜」

お家に入ると、シウミンはぶるぶるっと震えました。ルハンはシウミンの手を取ると、自分の手のひらではさんで、はぁっと息を吹き掛けました。

「冷たい、シウミンの手」
「ありがとう」

指先は赤くかじかんでいましたが、シウミンの心はいつも春の日だまりのように暖かでした。ルハンはいつもシウミンをよく手伝い、シウミンはルハンを何よりも大切にしていました。

二人が一緒に暮らし始めて、二度目の冬が、訪れようとしていました。







宝物






「シウミン、ご飯が出来ました」
「ありがとう、いただきます」

ルハンは、もうすっかりと立派な、シウミンのお嫁さんでした。いえ、奥さんだと言えるでしょう。人間の暮らしの様々を学び、随分と涙ぐましい努力しました。(ルハンはお味噌汁の作り方を覚えるために、鍋を3つ焦がし、2度ぼやを起こし、小さな家は初めて火事の危機を迎えましたが、シウミンによりなんとか未然に防がれました)
シウミンはルハンの作る野菜のお味噌汁がとても好きでした。もちろん慣れたシウミンが作った方が何倍も上手でしょう。しかしそれよりも、自分に喜んで食べて欲しいな、という誰かの気持ちがこもったお料理の方が、シウミンにはずっとず〜っと、おいしく思えるのでした。

「たくさん食べてね」
「うん、じゃあおかわりを…」

シウミンがお椀を差し出した時でした。



トントントン

「ごめんください、シウミン様〜!ルゥルゥ〜!」
「?チェンの声だ」

戸の外には、動物の姿のこぎつねのチェンとイタチのチャニョルがいました。二人が戸から顔を出すと、二匹はボン!と煙に包まれて、人間の子どもの姿になりました。

「どうしたの?」
「シウミン様、どうかお力を貸してください、僕たちの仲間が困っているのです!」

いったい何があったというのでしょう。
二人に着いてきて欲しいと言われて辿り着いたのは、小川の岩場の影でした。何やら、小さな子供の声が聞こえます。覗き込むと、一匹の茶色のクマが泣いていました。

「にに、もう泣くな!シウミン様を連れてきたから!」
「安心しろ!」
「え〜ん、痛いよ、痛いよ〜!」
「にに、傷を見せてごらん」

チェンたちは、子熊のににが怪我をしたので助けて欲しいとシウミンを呼びに来たのでした。ににはまだ子供でしたがクマなので、チャニョルよりもチェンよりも体が大きいのです。
シウミンとルハンが側へしゃがんで、茶色の毛を掻き分けると、痛そうなかすり傷が出来ていました。

「かわいそうに、どうしてこんな怪我したんだ?」
「にには石を投げられたんです」
「なんだって!」
「釣り人の魚をバケツからぬすんで、追いかけられたんだ。やんちゃするからだ」
「あらあら…」

シウミンはににの傷を洗って手当てしてあげました。

「この子も人間になれるの?そしたら僕がおんぶしてあげるけど」

ににの頭に手をかざし、チェンが呪文を唱えます。
ボン!という音がして煙の中から出てきたのは、日に焼けた頬の、小さな男の子でした。チェンよりも、まだ幼いようです。

「ひっく、ひっく、腕いたい、早くお家に帰りたいよう」
「もう大丈夫だよ、ほら、背中に乗りな」

シウミンはににをおんぶすると、ににの家族の暮らす洞穴まで送ってあげました。




帰り道、土手の上を歩きながらシウミンが言いました。

「ににを見てたら、僕がルハンと初めて会った日を思い出したな」
「ルゥが罠に足をはさんじゃって、でもシウミンがたすけてくれたんだよね」
「ルハンはあのとき、何してたの?散歩?ににみたいに、お腹空いてたの?」
「えっ?それは…えっと、内緒だよ、ふふ」
「?なにしてたんだか…」

人間の男の子であるシウミンと、子鹿のルハン。
二人は異なる種類の生き物ですが、互いの違いを認め合い、一つのお家で暮らしています。二人ともお山の動物の仲間たちとも仲良く、優しく賢いシウミンはとりわけ頼りにされていました。




それからというもの、子熊のににはシウミンがすっかり気に入ったようで、しょっちゅう家に遊びに来るようになりました。

「にに、ヒョン大好き!あそぼ、あそぼ!」
「こら、今ヒョンはお仕事してるんだから」

シウミンが掃除をしたり繕い物をしていても、構わずじゃれついてきては、おんぶをねだったり、腕を引っ張ったりしています。にには人見知りをしますが、一度打ち解ければとても人懐こい子熊でした。

「ねぇシウミン、これ…」
「ヒョン〜!これなーに?」
「それはきのこ狩りの時につかうかご!わっ、入っちゃだめだよ!出てこい!」

柿を剥いたルハンがシウミンにどうぞと言おうと思って呼び掛けたのに、ににが遮って話しかけました。シウミンはいたずらっ子のににから目が離せません。ルハンは正直面白くない気持ちになりました。だって、今までシウミンをずうっとひとりじめしていたんですからね。

もちろん、シウミンはルハンが機嫌を損ねていることには気がついていました。その晩、晩ご飯のお片付けをする背中にシウミンが呼び掛けました。

「ルハナ、おいで」
「ルゥ、お鍋しまうからいそがしい」

すっかりと拗ねてしまったルハンは、精一杯つんとして返事しました。
本当は、すぐにでも飛んでいきたいのですが…

「アッハハ!そっか、忙しいのに邪魔してごめんね、じゃあ僕はここで待ってるよ」

楽しそうに笑うと、シウミンはごろんと横になって腕をついて、ルハンの後姿を眺めました。

「見られると、やりずらい」
「僕の奥さんはとてもきれいで、働き者だな〜と思って、見てるんだよ」

ルハンの機嫌をとるためにシウミンはおべっかを使いました。案の定ストレートに褒められたことがあんまり嬉しくて、ルハンは拗ねていた気持ちがみんな消えてしまいました。急いでお鍋を拭いて片付けると、ルハンはシウミンの側に来てちょんと座りました。

「シウミンがににばっかり可愛がるから、ルゥつまんなかった」
「ににはまだ子供だろ、チェンよりまだ赤ちゃんクマだ、体は大きいけど」
「シウミン取られたみたいでいやだった」

唇を尖らせてルハンがそう言いました。シウミンはよっこいしょと言って、ルハンの膝に頭を乗せました。最初は恥ずかしがりやだったシウミンも、今ではこんなに旦那さんらしい振るまいが出来るようになりました。

「ルハンは焼きもちやきだね」
「?モチ?白い、お正月に食べるやつ?ぴろんて伸びるやつ?」
「そう、ぴろんて伸びるやつ」
「るうは餅よりシウミンが好き。シウミンも、餅よりも、にによりも、ルゥの方がすき?」

シウミンを見下ろしながら、ルハンは首を傾げて尋ねました。真剣な顔が可笑しくて、シウミンは思わず吹き出しました。

「ぷっ、ふふ、ルハンはばかだなぁ」
「ひどい、どうしてだよ!」
「そんな聞くまでもないこと、今さら聞くからだよ」

ルハンが焼くなら魚でも餅でも、ぜんぶ美味しく食べられるとシウミンは思いました。事実、こんなに働き者のお嫁さんは人間でもなかなかいませんし、ルハンはとても愛らしい子です。ぼくはなんて幸せ者なんだろう、そうシウミンは思いました。ルハンはまだ腑に落ちないようでしたが、目をつむってまどろむウミンの丸っこい頭を、優しく撫でるのでした。
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