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□ice ice dance 4
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12月のある日。

混雑した雑貨屋さんから出て、冷たい空気にたまらず首をすくめる。腕時計を見ると、かれこれもう三時間も経っていた。冬のソウルはひりひりと肌が切れてしまいそうに寒いけれど、心の中はとても満ち足りた気持ちで、ミンソクはマフラーに口を埋め、駅までの道を歩き出した。街はもう、赤と緑の飾りつけ一色だ。街路樹を彩るのは眩しいイルミネーション。出歩く人達も、きっと贈り物が入っている紙袋をいくつも下げている。

長い片想いを実らせてミンソクがルハンと恋人同士なってから、初めて一緒に過ごすクリスマスが、もうすぐやって来る。おうちデートの他にも、時々あちこちへ遊びに行ったりしたけれど、クリスマスはやっぱり特別だ。思い出に残る素敵に日にしたくて、大好きなルハンに喜んで欲しくて。ミンソクはずいぶん前からどうやって過ごそうか、あれこれ計画を立てていた。

どんな場所へ行こうか?何を食べようか?プレゼントは何を用意しようか?

一人で考えるそんな時間が、とても幸せだった。側にいなくても、大切な人を想うだけで、暖かい気持ちになれる気がした。

赤信号で立ち止まり、夕焼けから群青に覆われていく空を見上げる。視線を下ろして、横断歩道の向かい側に立つ人達を眺める。サラリーマンのおじさんや、仕事帰りのお姉さん。ミンソクと同い年くらいの女の子や、ヘッドフォンをつけたおしゃれなお兄さん。母親と幼い兄弟。誰も見知らぬ人だけれど。彼らにも、恋人かもしれないし、友達や友達かもしれないけれど、遠くても近くても、大切な人がいて、一人でその人を想う、この季節がある。自分と同じように。

こんな気持ちで、人並みを眺めたことがなかった。味わったことのない、今よりもっと誰かに優しくなれるような、誰かのしあわせを祈りたくなるような気持ちに、急に灯りが目映く思える。


つり革を掴んで電車に揺られながら、ミンソクはスマホでカメラのフォルダを見返した。最初は友達の変顔とか、好きなバンドや食べたものの並ぶ雑多なサムネイルばかりなのに、途中から、ルハンが急に増えてくる。
友達だった頃は二人で自撮りを撮るなんて誘われたとしても拒否していたから(照れくさかったのだ)、くっつきそうなくらい頬を寄せて微笑む二人の写真は、恋人同士になったことを客観的にもミンソクに教えてくれるようで、マフラーに埋めた口元が緩む。
他にも、こっそり撮った動物園でライオンを見つめる横顔とか、勉強しながらうたた寝しちゃった寝顔。彼氏にしか撮ることが出来ない写真たちは、ミンソクの密かな宝物だった。

(早く、24日にならないかな…)


手に下げた紙袋を覗いて、ミンソクはもう一度小さく微笑んだ。





Ice ice dance 4




放課後、二人はミンソクの部屋で来週の期末テストに備えて勉強をしていた。ヒーターの静かな音と、シャープペンシルのカリカリ言う音だけがする。テストは憂鬱だけれど、終われば楽しい冬休みが待っている、もうひと頑張りだ。問題集の範囲の最後のいちページをひと足先に解いたミンソクが、ペンを置いた。

「ふう、休憩するか」
「やった!」
「お前も終わったらな」

ルハンも範囲を終えると、お母さんが淹れてくれたココアを飲んで、ドーナツも食べた。

「そうだ、シウちゃん、クリスマスはやっぱりおじいちゃんとおばあちゃんが韓国に遊びに来るんだ。だから昼間は家族でお出かけするの。でも夜なら大丈夫だから、イルミネーション見に行けるよ」
「いいのか?家にいなくて」
「平気だよ、もうお母さんには出かけるって話してあるし」
「じゃあそうしよう」

ミンソクはルハンを、クリスマスマーケットと、イルミネーション、それからケーキが美味しいと評判のカフェに行こうと誘っていた。この町の市民公園では12月になると、イルミネーションとクリスマスマーケットの催し物がある。大きなツリーが輝く下で、ドイツやロシアとか、外国から来た食べ物や雑貨の出店が出るのだ。カップルには定番だけれど、ルハンはまだ行ったことがない。

ドーナツを片手にルハンはさっそくスマホでクリスマスマーケットについて調べている。ぷくっとしたほっぺたを、嬉しそうに膨らませているのを見ているだけで、自分までしあわせな気持ちになってくる。

「見てシウちゃん、美味しそう、チーズプレッツェルだって!」
「おー、うまそうだな」

色気より食い気。自分たちはどちらかというと、まだ友達に近いカップルかもしれない。でも、こうして放課後デートをしたり、一緒にお出掛けするだけでも、ミンソクには充分だった。何より、いきなり階段を登ったら、きっとルハンはびっくりする。自分がちゃんと手を繋いで、ルハンの歩幅に合わせて登っていけばいい。一段づつで良いのだ。そうすることが自分の務めだとミンソクは思っている。

「お、30分経ったぞ、休憩おしまい」
「えー、もうちょっと〜」
「だめだめ、次は生物やるぞ」
「ちぇ」

クリスマスマーケットのことですっかりお楽しみモードになってしまったルハンは、問題集を前にしてもあまり頭に入って来ない。シャープペンシルを唇の上に乗せてみたり、頬杖をついてみたり、上の空だ。一方ミンソクは、下を向いてカリカリと問題を解き始めている。

おもむろに手を伸ばして、ルハンはミンソクのうなじの上らへんを指先で撫でた。

「わっ?!なんだよ!」
「しょりしょりする」
「やめろって」
「えへへ、髪の毛、モンチッチみたいで可愛いなあって」

床屋さんに行ったばかりの刈り上げた襟足の触り心地が気になって、好奇心でつい撫でてしまったのだ。ルハンは満足したようだけれど、可愛いと言われてミンソクはいささか不満げだ。男の子は可愛いより、格好いいとか、すごいだとか言われたい生き物である。特に好きな子には。

「集中しろよな」
「今からするってば〜」

でも、ミンソクは優しいので本気で怒ったりはしない。悪気がないのは分かっているからだ。なにより自分だって、照れくさくてルハンのことをなかなか素直に褒められないのだから、おあいこだ。

頭を撫でられたせいで、今度はミンソクが上の空になる。恋愛に疎いくせに、突然いきなり大胆になるルハンは心臓に悪い。気軽に触れる、いわゆるスキンシップなんて、とてもじゃないけど自分はまだ出来ない。真面目に問題を解き始めたルハンのつんとした鼻先と唇をちらちら見ながら、ミンソクは落ちきなく頭をかいたり、くるくるとペンを回した。

小一時間ほどかけて問題集を解き終わると、ミンソクはベッドに背中を預けてスマホをいじった。冬休みになったらカラオケに行こうとさっき友達からメッセージが来ていたからだ。
学校祭の後、遊びに来ていた他校の友人達から、ミンソクの彼女レベル高過ぎって随分からかわれた。確かにルハンは人目を引く容姿をしているけれど、そんなの言われなくても何年も前から自分が一番よく知っているし、今はこうして彼氏になったミンソクにとって、それは少しだけコンプレックスでもあった。

10代っていうのは、何かと他人と自分を比べて羨んだり、落ち込んだりしがちだ。本当は誰もがそのままで充分魅力があるのに、まだそれに気が付いていない。
自分は他校にまで話題になるような格好よさはないし、残念ながら身長もこれ以上伸びる気配が無い。これだけは誰にも負けないというような、目立つ個性もない。それでも、世界中で誰よりもルハンにふさわしい彼氏でありたいと、いつだって思っていた。

「ルウもおーわった!」

こどもがハイハイするみたいに膝をついて移動してくると、ルハンもミンソクの隣に並んでベッドに背中を預けた。とっさに友達とのトーク画面を閉じて、ゲームに切り替える。『彼女とどこまでいった?』なんて男子丸出しの会話、見せられない。(まあ、見られたところでルハンのことだ、どこへ遊びに行ったの?と聞かれているとしか思わないだろうけど)

「おもしろい?ルウもこのアプリいれよっかな」
「まあまあ」
「えいっ」

ミンソクがそっけない返事を返すと、ルハンは横から勝手に画面に触ってきた。ウサギのキャラクターをタイミングよく操って、風船を消していくパズルゲームだ。ルハンのせいで、ウサギはまるで意味のない方向に弓矢を放つ。

「あ、こら」
「ルウにもやらせてよー、えい、えい」
「しつこいぞ」
「…じゃあ見てるだけ」

拗ねたように、ルハンは三角座りをして大人しくなった。この子の短所をあげるとしたら、そう、ちょっぴりしつこいところだな、とミンソクは思った。でも、短所は長所の裏返しだ。誰にとっても。しつこくじゃれてくるルハンは、ミンソクにとっては、めちゃくちゃじゃまくさくて、たまらなくかわいいのだ。
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