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□続・恋人はキレイ好き
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※こちらのお話は、お友だちのうなりさんが書かれたシウルーのお話、『恋人はキレイ好き』の続きを書かせていただいたものになります。

ここにはリンクを貼れないので、まだ読まれていない方がいらっしゃいましたら、firstに載せている私のtwitterのアカウントからぜひご覧になって下さい。とっても素敵なお話です!


続きを書かせて欲しいという無理なお願いを、快く承諾して下さったうなりさんに感謝の気持ちをこめて。

シウちゃんのyou(理由)を聴きながら書きました。



***




部屋を改築した時にゲストルームも作ったけれど、ミンソクはルゥハンを自分の寝室に招いた。勧められるままに、ルゥハンはパジャマに着替える。(用意しておいてくれた新品の赤いシマシマ柄のパジャマだ) その間にミンソクはさっさとベッドに横たわってしまった。隣に潜り込んだものの、正直まだ全然眠れそうにない。ホテルのように真っ白なカバーのかけられた布団からは、柔軟剤のいいにおいがした。

「枕高くない?」
「平気だよ」

久しぶりのお泊まり。時々電話もするし、今日だってもうさんざん喋ったけれど、それでもまだまだ話がしたかった。どうでもいいようなことも、昔話も、未来のことでも。
一方、自分と反比例してミンソクの口数は少なくなってきたので、もう眠たいんだろうなと思った。ルゥハンはいつでもミンソクの顔色を見て、彼に追従した。恋する鹿は健気なのだ。冴えてぱっちりとしたままの瞳で、ミンソクの顔だけをじっと見つめた。眠りに落ちる直前までこうして見つめていたかった。今日までの分を、補いたかった。

「ルハン、眠たい?」
「うん、眠たいよ」
「本当に?」
「うん」

眠たくないと言って困らせたくないので、ルゥハンは嘘をついた。入隊の日が決まり、残り少なくなってきた日程のなかで、自分の他にも会いたい人がいるだろう。今夜は早く寝て、明日も早く起きなくちゃいけないのかもしれない。

「お前、相変わらずウソ下手だな。えい」
「わっ」

おもむろに、ミンソクはルゥハンの枕をスポッと引き抜いた。もちろん頭は支えて。

「何するんだよお?!」

抗議するルゥハンの頭の下へ、枕の代わりにミンソクは自分の二の腕を入れる。

「あ、」

二人の距離が、ぐっと近くなる。はにかんだミンソクの顔が少し上に来る。ルゥハンの方が背が高いので、立っている時はなかなかこうはいかない。

「こっちの方が、いいだろ」
「…うん」
「まだ眠たくないって、顔に書いてあるぞ」
「へへ」

いつだってミンソクは、ルゥハンの考えていることを見抜いているのだ。ミンソクの顎の下あたりにすり寄って、ルゥハンはしあわせを胸一杯に噛み締めた。黒い髪を指先で優しくすいて、ミンソクも大好きな人の体温を心ゆくまで確かめた。眠るのが惜しいのは、ミンソクも一緒だった。緊張しながらはじめて抱き締め合った夜も、お互いにここが一番落ち着く場所になった今も。


「ミンソク」
「ん?」
「好き、大好き」

至近距離で囁かれたルゥハンの言葉に、ミンソクは素早く瞬きした。以心伝心。ちょうど同じことを言おうとしていたのだ。そのまま返すだけでは芸が無いので、ミンソクは言葉の代わりに、顔を寄せた。重ねた小さな唇からは、嗅ぎ慣れた自分の歯磨き粉の香りがする。ルゥハンの側にいる時、なぜ胸がこんなにも高鳴るのか、未だに分からない。その理由についてとりとめもなく思いを馳せることは、ミンソクの幸福な時間のひとつだった。

「俺も、好きだよ。愛してる」

喜びに睫毛を震わせるルゥハンを見つめ返しながら、今夜はこのまま朝が来なければいいのになとミンソクは思った。ここに、この腕の中に、夜明けを閉じ込めておけたなら。叶わない願いに、抱き締める腕をぎゅっと強くする。

購入してまだ半年足らずの真新しいベッドは、月のゆりかごのように、二人を一晩中包んでいた。




*


たくさんの人に見守られながら、ミンソクは予定通り国の勤めについた。翌日ルゥハンがSNSを通じてちょっとした騒ぎを起こしたけれど、どうせゴシップが好きな人々はあることないこと騒ぐだけ騒いですぐに忘れる。大切なものは目に見えない。裏側に隠された本当の気持ちに、目を凝らす人などいない。




さて、それから数日後。
午前中も早い時間であった。

ミンソクのマンションの部屋の前に、赤いキャップを被った不審者がいた。ドアの前でぶつぶつ中国語を呟き、リュックを漁ってまごついている。怪しい挙動だ。最近多い、外国人の空き巣だろうか。成功したアイドルにふさわしいセキュリティのしっかりとしたマンションのはずだが、いったいどこから入ったのか。

ピッ

「あ、できたっ!良かった開いた、焦った〜」

おっと失礼。空き巣では無かったようだ。ミンソクの部屋の留守を唯一預かる恋人であった。どうやら本当に掃除をしに来たようだ。涙が出るほど律儀だ。


「おじゃましまーす…」

家主はいなくても、ルゥハンはきちんと挨拶をし、お行儀よく脱いだスニーカーを隅の方に揃えた。

リビングにも、台所にも、誰もいない。シーンと静まりかえっている。寂しかったけれど、どこにもかしこにもミンソクの物があるので、少しは紛れた。それにあまり時間がない。リュックをおろし、ルゥハンは持参したエプロンを取り出して身に付けた。

ガラスのローテーブルに、一冊のファイルが置かれていた。


『ルゥハンへ 掃除の手引き』


ソファに座り、まずマニュアルを熟読した。部屋のあらゆる箇所の掃除方法が、使用する道具、手順、コツ、所要時間にわたって写真入りで詳細に記されていた。ミンソクはルゥハンが本当に来ることを分かっていたのだ。口先ばかりの子じゃないって、ちゃんと。

「ふむふむ…」


よく晴れて、天気の良い日だった。
ルゥハンはごく真面目に掃除した。ミンソクの役に立ちたかったし、留守を任せてくれたという信頼に応えたかった。掃除機をかけて、バスタブを磨いた。鏡も拭いたし、トイレ掃除もした。手を動かしながら、ミンソクのことをずっと考えていた。軍隊のことは、多少は知っているけれど、けして詳しくはない。今どんなきもちで過ごしているのか、よく眠れているか、ご飯は美味しく食べれているか、心配だった。それから、SNSの騒動のことは耳に入っただろうか。気を悪くしていないか、不安だった。

あっという間に昼になった。出前にジャージー麺をとって、ひとりで食べた。懐かしい味がした。最後にこれを誰かと口にしたのはいつだったろうか。頭に浮かぶ顔が、いくつもあった。



「ふう、お腹いっぱい。よーし、午後もこの調子でやるぞ!」

飾り棚は、ハンディモップをかけるようマニュアルに指示されていた。先日初めて遊びにきた時は細かい場所までじっくり見られなかったが、ミンソクらしいものがきれいに飾られていた。大好きなアニメのフィギュア。家族や弟たちとの写真。友達との旅先の思い出の品。ファンに向けて作ったグッズや、かわいいキャラクターの雑貨。

「ミンソクっぽいなぁ…」

掃除する手をいったん休め、ひとつひとつ手にとって、ルゥハンは眺めた。どれも、ミンソクをあらわす品々だ。彼を愛して取り囲む人や、彼が大切にして、愛するもの。色とりどりで、キラキラしていて、ミンソクによく似合う。彼の世界をつくる欠片たち。

丁寧にモップをかけ、写真立てをそうっと棚に戻した。
ルゥハンは知らないふりをすることにした。つまり無視をした。自分に関するものがあればいいのにな、と一瞬でも思ったことを。自分が欲張りに思えて、なんだかいやな気持ちになった。こうやって、合鍵までくれた。リビングにあんなに素敵な鹿のオブジェまで飾ってくれた。充分過ぎる程じゃないか。



午後になり、窓から差し込む陽の向きが変わり始める。ルゥハンは、寝室の掃除に取りかかった。飾り棚をまたモップで拭き、床をクイックルワイパーで磨く。部屋の端から順に磨いていって、棚の手前まで来た時、ふと下段に並んだものが目に止まった。本やCDが並ぶ、その奥だ。

「ん?」

蓋つきの箱だ。中身が見えない。


「なんだろう?」

手前に背が高い本が挟まれていて、よくよく見なければその存在には気が付かないだろう。好奇心の赴くままに、ルゥハンはしゃがんで、手を伸ばした。マニュアルにも、『食器やフィギュアを間違えて落とさないこと!』という注意書きはあったが、さわっちゃダメとは書いていない。部屋の物を勝手に使ってもいいと言ってくれていたし。
 
ベッドに腰を下ろし、蓋に手をかける。
しかし、開ける直前でルゥハンはハッとして手を止めた。

「も、もしエッチなDVDとか出てきたらどうしよう…?!」

男の子が隠すものと言えばそれしかない。ベッドの下を掃除した時に何もなかったので、ミンソクにはそういったものを所有する趣味は無いのかと思ったけれど、やはり彼も一人の男だ。

深く深呼吸をし、ルゥハンは心を決めた。この箱を開けたら、ミンソクの隠された性嗜好を知ることになる。もしコスプレものが好きと言うなら自分もコスプレをする。セクシーなお姉さんが出てきたら、自分もセクシーさを磨く。過激なプレイの経験はないけど、ミンソクが好きだと言うなら挑戦してみせる。たぶん。
   

「いくぞ、えいっ」


ぱかっ


「…ん?」


箱を開けて、ルゥハンは拍子抜けした。
まるきり見慣れたものが、目に飛び込んで来たからだ。自分の顔。そう、しまいこまれていたのは、ルゥハンがグループを離れてから出したCDや、コンサートや映画のDVDだった。

「うそ、どうして…」

更に驚いたことに、それらはみんな二枚づつあった。一枚は開封され、一枚は未開封のまま。そして、そのどれにも韓国語のラベルがついていた。つまりミンソクが自分のお金を出して、買い求めてくれたという紛れもない証であった。

ルゥハンは自分の作品をミンソクに送ったことはなかった。聴いてくれたら嬉しいけれど、押し付けるようなことは出来なかった。意外と遠慮がちなところがあるのだ。でもそんなことしなくても、ミンソクは全部持っていてくれたのだ。観賞用と保存用としっかり2枚。一言も自分には話さずに。

どきどきと動悸がして、胸はきつく締め付けられた。ミンソクがこれらをいったいどんな気持ちで揃え、ここにしまっていたのか。想像するより早く、ルゥハンの身体は切なさでいっぱいになった。

一番最初に発売したアルバムを取り出しても、箱の中にはまだ何か入っている。指でつまんで取り出す。


「これって、」


いくつかのカードだった。ルゥハンがまだグループに在籍していた時に出したCDにランダムに入っている、小さなトレーディングカードだ。新しいアルバムが出るたびはしゃいでは、会社からもらった自分たちのカードを、ミンソクと交換したりして遊んでいたのだ。

かっこつけたり、かわいこぶったり。
髪が金髪だったり、制服を着ていたり。
いまとは違う、幼い自分。


「ずっと、とっておいてくれたんだ…」


もう手が届かないほど遠く離れたと思っていた日々が、まざまざと甦る。眩しいスポットライト。ファンの女の子たちの歓声。寝ても覚めても、歌って、ダンスして、足早に駆け抜けたいくつかの季節。時に痛みもあったけれど、後にも先にも味わうことが無い程の喜びだって、それ以上にたくさんあった。その全ての瞬間、隣にはミンソクがいた。


ポタ、と音がして、ルゥハンは我にかえった。カードを持つ手を顔から遠ざける。つぶらな瞳は潤んで溢れ、滴は丸い頬を伝い、シーツに零れ落ちた。ぱた、ぱた、と繰り返し、音を立てて。涙が落ちた場所は、滲んで色が濃くなった。

カードを箱に戻し、ルゥハンはベッドに突っ伏して、泣いた。誰も見ていないのをいいことに、遠慮しないで泣いた。こどもっぽい泣き方だった。構わなかった。

ただ、ミンソクの愛情が嬉しかった。
これほど幸せなことは、ないと思った。


キムミンソクは、真面目な男だ。宿舎から引っ越しをして、一人暮らしの新居に撮影が入ると決まると、部屋をよく掃除し、持ち物を細かく見直した。もしも映像に残って、誰かに混乱を与える可能性があるものは、きちんと隠した。それは自分の職業をするうえでの当然のことだと考えていた。

あえて本人に話したことはないけれど、ルゥハンの作品をミンソクは集めていたし、あどけない彼を撮したカードも、捨てることなく保管していた。コアラの帽子を一ヶ月と経たずに無くしてしまったルゥハンとは大違いである。引っ越しするときにも、無くさずきちんと持ってきた。

自分はルゥハンのように、SNSで彼をフォローしたりだとか、いいねをするだとか、そういったことはできないし、すべきではないと思っている。実際それは正しい判断だ。

そう、それでいいのだ。
世界中の誰もその事実を知らなくても、自分はルゥハンを愛している。今も変わらずに。彼を愛し、彼の過去も未来も大切にしたいと思っている。こんな風に、宝箱にしまうみたいに。


止まらない涙を拭いながら、ルゥハンは自分を恥じた。自分に関するものがもっと部屋にあればいいのにだとか、インスタグラムをフォローしてくれればいいのにだとか、そんなものは、表面的なことに過ぎない。誰の目に触れなくとも、ミンソクの愛情は、ここに確かにあるのだ。ルゥハンの、触れることができる形で。

「ぐす…、っヒック…」

泣きすぎてしゃっくりが出てきたので、ルゥハンはようやく泣き止んだ。30分も泣けば、涙も干からびる。


「ミンソク…」


身体を起こし、枕をぎゅうと胸に抱き締めた。数週間前、ここで腕枕をしてくれたのに。カバーから彼のにおいはしない。洗剤の香りだけだ。


ミンソクに会いたかった。

声が聞きたいと思ったし、今自分がどれほどしあわせか、聞いて欲しいと思った。抱き締めたいし、抱き締めて欲しいと思った。
でも、残念ながら今は難しい。アイドルだからと言って、ミンソクだけ特別扱いしてもらうことは出来ない。しばらくは我慢が必要だ。次に会った時に、話せばいい。すぐにではなくても、また必ず、会えるのだから。


「ありがとう、ミンソク… グスン…」
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