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□ice ice dance6
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「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
男性にしては少し高い新郎の声と、鈴を転がしたような愛らしい新婦の声が、同時に発せられる。
ステンドグラスからこぼれる、やわらかな春の陽のひかり。
そうっとベールを持ち上げる。誓いを交わすために。ほんのりと頬を染めた、ミンソクのただ一人の女の子が、初めて会った日と変わらない佇まいで、はにかんでいる。
花びらみたいな小さな唇。
いくつになっても小鹿に似たつぶらな瞳は、どんな時も、自分だけを映して輝いてくれる。
この先、何があろうと、絶対に自分はこの人を守る。
家族や友人からの祝福の拍手や呼び声。
ピンク、イエロー、色とりどりのフラワーシャワー。
そして、厳かな鐘の音…
ice ice dance 6
未来からの手紙
***
ピリリリ、ピリリリリリ!!
けたたましいアラーム。手を伸ばし、寝ぼけ眼でミンソクはスマホを顔の前に引き寄せた。
「…んんん…ムニャ、…?!」
画面に映し出された時間に、目を見開く。
「ヤバイ!!遅刻だ!」
目覚ましの三度目のスヌーズで、ミンソクは歯の浮くような夢から覚め、ベッドから飛び起きた。寝坊なんて滅多にしないのに。
「母さん、なんで起こしてくれないんだよー!」
「何回も声かけたわよ、なのにニヤニヤして寝てたんだもの」
急いで歯磨きをしながらも、まだほんのりと胸が幸福に高鳴っていた。
「あー、はずかし…」
誰にも秘密だが、ミンソクはたびたびこの手の夢を見ることがあった。理想の未来の夢だ。硬派だけれど、ロマンチックな部分もあるのだ。
朝御飯を食べ、家を出る。ルハンは今日はスホと朝の補習を受けると言ってから、もう学校に着いているだろう。
校舎の玄関で靴を履き替えながら、手で寝癖を整える。階段を駆け上がり、教室はもう目前だった。ちらりと腕の黒い時計を見る。8時25分。なんとか間に合った。
クラスメイトの賑やかな声のする教室。その戸に伸ばしかけた手を止める。
「あれ〜、おかしいな、どこにいっちゃったのかな?」
聞き覚えのある声に、思わず足が止まった。いつも自分の頭の横とか、後ろで、聞こえる声。今朝、夢の中でも聞いた声だ。
「…?」
「さっき、見たはずなのに〜」
廊下を戻って曲がった方から声がする。迷わず引き返した。いったい、朝から彼女は何をしているのやら。
戻った先でミンソクは軽く驚いた。そこには思い浮かべた人ではなく、地面に這いつくばった、見知らぬ女性がいたからだ。腕には山ほど書類を抱えている。見たことがない先生だ。
「あ、あの、どうしたんですか…?」
「ボールペンを落とちゃったしたみたいで…」
顔をあげ、セミロングの髪を耳にかけると、表情が覗く。大きな瞳に長いまつげ、ふっくらした頬の曲線まで誰かによく似ていた。
「ボールペン?その、手に持ってるその赤いやつですか?」
「えっ?!わっ、恥ずかしい!私ったら…」
探し物あるあるだ。先生は耳を赤くして人差し指で自分の頭を突っついた。その仕草が可愛いな、とミンソクは無意識に口許を緩ませた。
「どうもありがとう、助かったわ」
目尻に小さくしわを作って、彼女はミンソクに笑顔を見せた。
きゅん、と心臓が跳ねるのが、自分でも分かった。キム・ミンソクが、ルー・ハン以外の女性に一瞬だとしても心がときめいたのは、長い人生の中で、後にも先にも、この、一度きりだった。
「どういたしまして」
ルハンへの後ろめたさを感じることすら忘れて、ミンソクも微笑み返したのだった。
***