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□闇の奥  『神経がワレル暑い夜・番外1』
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     闇の奥  

『神経がワレル暑い夜・番外1』






 そよぐ風が気持ちがいい。だんだんと陽の温かさが増してゆき、そろそろ梅の蕾があと少しもすれば豊かに膨らんで、綻ぶその日を待ちわびているのがわかる。
 江戸に来て、間もなく二か月が経とうとしている。
 冬の色は消えかけて春の優しい日差しを纏いだしていた。


「あんたは、確か松平公の側近の・・・・・。」

 あの日。浪士組募集の知らせを受け集まった荒くれども。その中で異彩を放つ一向に佐々木は目を止めていた。

 陽気な雰囲気の偉丈夫を先頭に、右にはまだ子供の名残を湛える瞳の大きな少年と、左にはしっとりとした黒髪を一つにくくり、鋭い目をした青年を置き、後方には仲間と知れる者を引き連れた男達。

 武士として侍として攘夷戦争を戦い、終戦後は目的を見失った者が殆どで、血の気の多い荒くれどもを利用し組織起てる、そこに集まった男達。それでも、偉丈夫の一団は佐々木には他の荒くれ者たちとは違う何かを感じて目に留めていた。

 しばらくして、浪士組屯所へ尋ねてみれば、あの偉丈夫は荒くれ者の一団をしっかりまとめ上げていた。


「あなた。お名前は?」
 目の前にいる胴着を来た青年。間近で見てもまだ線の細さが残った体躯に、しっとりと闇の様な深く黒い長い髪。その髪を頭の高い位置でくくっているせいもあるが、吊り上がり気味の強い瞳を覗けば、一瞬女子に見えないこともない。

 ふむ。と顎に手を当てて頭の上から足の先まで見物していれば、先ほどまでしていた素振りで、頬がまだ上気し火照りを残し色を思わせる肌。しっとりと吸い付きそうな肌だ。と佐々木はあらぬ思考にふけりそうになった。ソレを遮ったのは、目の前にいる青年の声で。

「人に尋ねる時は自分からじゃねーのか。」

 少しだけムッとした様なその表情は、じろじろと佐々木を見返している。先ほど佐々木が不躾に値踏みした仕返しをしているようだ。

「あぁ。失礼しました。私は佐々木異三郎ですよ。ご存じじゃなかったんですね。」

 淡々と告げれば、思い出したのか、バツの悪そうな目を一瞬したかと思うと、そっぽを向いて「ひ・・・土方十四郎。」と、青年は小さい声で呟いた。





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