『オキナグサの行方』
□序章
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ある日の夏の暑い日俺は死んだ。
とくに珍しいこともない。
ただの事故死。
恨みつらみを買ったわけでも、変な闇の組織が関わっているわけでもない。
俺の未来は呆気なく奪われ、その存在は現実という世界から消えた。
しかし、さして悲しくはなかった。
ただダレカを一人にして死ぬことだけが気がかりで俺は死ねなくなってしまったのだ。
次に目覚めたのは“見知らぬ街“今では見慣れた“俺の居場所“だった。
何も知らない俺が出会ったのはシェミッサという女の子だったらしい。
何度聞いても、考えても何も思い出すことが出来ない。
だれも知らないし、俺も知らない。
ただ手紙1枚の中だけで存在する女の子だ。
どんな名前だっただろう。
どんな顔だっただろう。
どんな声だっただろう。
どんなヒトだっただろう。
たしかに今でも“ダレカ“の存在は気になる。
だけどそれ以上に俺はシェミッサが気になる。
きっと彼女がそのダレカだと俺は思っている。
彼女を思うと胸が締め付けられた。
何も覚えていないのに馬鹿みたいだとは思う。
ただ彼女が残した手紙にいる彼女しか俺は知らない。
しかも、その手紙から分かるのも、彼女の名前…シェミッサ言う呼称だけだった。
しかし名前を聞いてもやはり彼女のことは思い出せない#聞き覚えすらなかった。
顔、声、存在。
彼女に関することは何も…不自然なくらいに何も覚えていない。
一緒にいたはずなのに。
同じ家で暮らして、同じ食事を食べて、同じ時間を過ごしていた筈なのに。
だけど心が叫ぶ。
2組の食器を見る度、彼女がいたであろう部屋を覗くたびに
悲しい
寂しい
会いたい
とそんな思いにかられる。
ここにあるワンピースはきっと彼女の為に作った筈なのに。
作った事実は覚えている。
これを俺は誰かに渡したくて…喜んで欲しくて作った。
けれど作った相手が思い出せない。
でもそんな日々も今日で終わる。
俺はシェミッサに会うためにこの世界で生きていたのだ。
この“未練と呼ばれる世界“で。
つまらない永遠を。
今日は満月。
血のように紅い月が昇る満月の夜だ。
彼女が残してくれていた手紙にはこう書かれていた。
“次の紅い満月の夜貴方のもとへ帰ります“
と記されていた。
「ようやく…君に会える」
俺は紅い月を見上げて微笑んだ。
「…シェミッサ」
今宵は現実と未練が繋がる災厄の夜。
俺が望んだ…始まりの日だ。