『題名を無くした物語』
□第一章
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アリシアは見慣れたその顔に構えていた拳銃を下ろした。
茶色よりは柔らかいくるみ色の髪と色素の薄い茶色の瞳。
見るものをすべて虜にしそうなその整った顔立ちに初めて会うものなら言葉も出ないだろう。
「俺の顔を忘れるなんてひどいなぁ。あんなに優しく可愛いがってあげてたのに」
そんな美しい顔から紡がれる言葉がこれだなんて残念というほか無い。
これもまた、人によっては虜にさせられる原因にもなりうるかもしれないが。
「‥確かにそうだけどその言い方はやめてもらえないかな!?」
相変わらず誤解を生みそうなセシルの言い回しにアリシアはため息が零れる。
「‥どうしてこんなことを?」
アリシアが眉をひそめながらそう問うとセシルは首をかしげて器用に片目を閉じる。
いわゆるウインクというやつだ。
「それはもちろんアリシアちゃんに会いに♡」
セシルはさも当然のような顔でそう言いきりまたもやアリシアはため息をこぼす。
「セシルは女と分類される人種をストーキングする趣味でもあるの」
アリシアがそう言うとセシルは呆れたような目でアリシアを見た。
「毎回思うんだけどもう少し可愛らしい言い方出来ないの?アリシアちゃん?」
「そんな可愛らしい反応を求めるなら別の女性を当たるといいと思うけど?セシルさん?」
アリシアがセシルを真似て冗談めかして言うとセシルは楽しげに笑って頭を撫でた。
「冗談だよ。アリシアちゃん。君はそのままでいてもらわないとね。俺、君の反応って好きなんだ」
セシルはそう言ってチャラけたように肩をすくめる。
「相変わらず変人ね」
「変人‥‥って」
アリシアがそういうとセシルは少し不満そうに呟いてから苦笑を浮かべる。
「まぁそれでこそアリシアちゃんだよね」
セシルはそういった直後、いいことを思い付いたとばかりに笑みを浮かべて突然アリシアの手を引いた。
「えっ‥」
そして正面からアリシアの髪を後ろに流す。まるで抱きしめるかのような体勢に焦りを覚える。
「ちょ、セシ‥」
“何すんの“そう言おうとした時セシルは両手でアリシアの髪をまとめててで鋤いた。
「アリシアちゃんゴム」
「‥はいっ?!」
「ご、む」
セシルはそういってアリシアに片手を差し出す。
「そんなものどうす‥」
セシルの言葉に不満そうにアリシアが眉をひそめる。
それと同時にアリシアの手首に巻いてあったゴムを抜き取り器用に髪に通す。
「はい、ありがとー」
その言葉の数秒後パチッというゴムの音がしてセシルはアリシアから離れた。
本当にこの人は何をさせても器用だ。
「はい、お仕事モードのアリシアちゃんの完成」
セシルはそういって子供のように笑った。
「‥‥ありがとう」
別に髪をくくるくらい自分でもできるが、久々に昔を思い出してアリシアは嬉しくなり自然とセシルに礼を言っていた。
「いえいえ」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
何故か無言で見つめ合う時間が続く。
アリシアは不審に思い少し躊躇いながらセシルに問いかける。
「‥なに?何か変なところでもある?」
「べーつに?ただ、今日も可愛いなぁと思って」
セシルは笑顔のままそういってアリシアの頭をなでた。
いつも通りのセシルの親バカ発言を無視して目をそらすと屈み込んでアリシアの顔を覗く。
「あれー?照れちゃった?」
「殺すわよ」
検討違いも良いところなセシルの言葉に苛立ち、心の中でとどめておこうと思った言葉がついこぼれる。
「あははっ。ごめんねアリシアちゃん怒らないでよ」
セシルはそう言って再びアリシアの頭をなでて微笑んでいる。
最近気づいたのだが何かにつけてアリシアの頭を撫でるのはセシルの癖らしい。
本人に訊ねたところほぼ無意識にしているらしく、何度注意しても一向になおる気配がない。
「別に怒ってないけど」
「‥ふふっ。そう?ならいいけど」
「‥遅刻するよ。早く行こう」
アリシアはなんだか一枚上手なセシルの反応に悔しくなり足早に城へ向かった。