記憶がなくても…俺達は

□[短編]粟田口の兄弟
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ーあれはまだ鯰尾と出会う前だ。

俺の名前は骨喰藤四郎。脇差刀だ。
ある日俺は鍛刀によって今の主、紅葉によって作られた。

俺には記憶がない。
昔の記憶なんて覚えているわけがない。


そんな俺がまだ弱かった頃の話だ。
あまり期待しないほうがいい。

ー本丸にて。


「骨喰兄さん、兄さんったら!」
桃色の髪の毛を持つ藍色の瞳の幼さの残る少年が俺の肩をぐいぐいひっぱる。

俺は無言だ。
今は誰とも話したくなかったのでシカトをしたつもりだ。だが、この秋田藤四郎という少年は俺に懐いたのかわからないが・・・本人いわく『骨喰兄さんカッコ良くて強くて綺麗だから僕も兄さんみたいな刀剣になりたい』ってことだそうだ。…よくわからんが。



俺はそっぽを向く。
いいや…寝たふりをする。
いつもこうやってると相手は飽きて何処かへ行ってしまう。子供は飽きると何処かへ行くっていうことを最近になって知った。


「…また寝てるのかな?」
(そうだ。俺は寝てるから何処かへ行ってくれ)

だが、今回ばかりは何処かへ行かずに俺の頬を引っ張り出した。

「兄さんお・き・て!」

俺はぐっと堪える。

「あれ?起きない?兄さん結構深い眠りに入っているんだなぁ…ふふ、でも次は流石に起きるでしょ?」

と、秋田藤四郎は俺の脇に手を挟みくしゃくしゃと動かし始めた。

(…くすぐったい。やめてくれ)

「くすっ……」

(あ、やばいつい声が出てしまったようだ)

「あ、さっき『くす』って言いましたね!やっぱり起きてるんですね!寝たふりですね!よぉ〜し」と秋田藤四郎はさっきよりも激しくくすぐった。

俺は反射的に秋田藤四郎の手を掴む。

「……わかった。わかったからもうするな」

俺は観念して目を開け、秋田藤四郎はにっこりとえへへと微笑んだ。

「……また今回もすぐに何処かへ行くと思いましたか?兄さん?」

どうやらこの少年、俺が考えてたことを当てられたようだ。



俺は秋田藤四郎の話を相づちを打ちながら答えていた。まあ、俺には話すことなんてなかったし適当に相槌を打っておけばなんとかなるだろうと思ってたからだ。

秋田藤四郎はこんな話をしてきた。僕はみんなのあしでまといだからよく足をひぱって山姥切国広に睨まれるとか紅葉さんに可愛い顔して使えないわねって言われたことがすごくショックだったこととか。この前の遠征がすごく楽しかったこととかそんなどうでもいいことを俺に話してきた。

こんな話ばかりするから逆に眠くなってきそうだった。でも、頑張って適当に相槌を打って話を聞いている振りをしていた。

だけど次の言葉を言われてひっかかる。
「……僕は今の主様に使えない奴だから壊してしまおうか?って思われたりしてるのかなぁ?…だって僕、記憶がないし…」

「…お前も記憶がないのか?」
無言だった俺もつい聞き返してしまう。

俺も記憶がない。だけど、記憶がないからって今の主は俺たちを壊したりしようとか思ってたりするんだろうか?

確かに人は忘れる生き物だと聞いたことがある。だが俺みたいな記憶が飛び散ってしまって今でも思い出せない刀剣は不必要になってしまうんだろうか?


けど、秋田藤四郎も記憶がない?


秋田藤四郎から笑顔が消える。俯いてしまった。今の主に怯えている?

「……今の主が怖いのか?」


秋田藤四郎はこくりと頷いた。

「………そうか」

「主様は何かを隠してます。僕見たんです。主様と黒い鴉みたいな翼を持った人型の鋭い眼光をした赤い瞳の青年を…」

「主様のその人にこう言ったのです」

「?」

「『私の邪魔をする裏切り者は排除せよ。たとえ刀剣男士だとしても秘密を暴露する者は遠慮なく破壊してしまえー』と」

「…嘘だ」

俺は秋田藤四郎の言葉を話半分に聞いていた。確かに俺も主は嫌いだ。うっとおしいし口うるさいしすぐに暴力で問題を解決させようとするし…とにかく胸がモヤモヤするんだ。懐かしいとさえ感じもする。そしてその懐かしさから恐怖を覚えたりもする。……記憶がなくなる前に俺はなぶられたりされたんだろうか?

考えを振り払う。
今の主はそんなことないだろう、きっと何かの勘違いだろうと思っていた。

「…勘違いでは…ないのか?」

だが秋田藤四郎は首を横に振る。

「いいえ、僕もこの目でしかと見ました。あの青年は殺気がこもった瞳をしておりました。主様もいつもの雰囲気よりも何か得体のしれない雰囲気を漂わせていました。確かに普段の主様からしたら想像も出来ない…と思います」

「そりゃそうだ……」

けど、俺は秋田藤四郎の話に偽りはないと思っていた。嘘は吐いていない。嘘を付く人間は話している最中に視線を逸らすって前に何処かで聞いたことがあるから。
話してる本人はいたって真剣にこちらに眼差しを向けている。


「ー骨喰兄さんになら信じて貰えると思ってこんな話をしました。迷惑だとは思います。だから兄さんに近づいたのです。貴方なら疑わずに聞いてくれるだろうと思ったから…僕の勘でですけど……」


「……そうか」

俺は心底わけがわからない。
記憶がない俺にどうしろと!?


「話してくれてありがとう…」
でも、秋田藤四郎の表情を見たら何だか子犬でも震えているような感じを覚えたので撫でるように俺は微笑んでいるのかわからないが口角を歪ませた。

「…兄さんそれ笑っているんですか?」

(どうやら、俺の笑顔はおかしいみたいだ…)


だが、秋田藤四郎の話が本当なら俺はどうすればいいのだろう?今の主は嫌いだけど特別悪い人ではなさそうだし…確かに暴力をふるったりするところはあまり好きではないが…。



俺は主を信じられなくなるような出来事がその数日後に起こる。







「骨喰、遠征お疲れ様」
と通りすがりに主に肩を叩かれた。

「…」
俺は無言でその場を通り過ぎようとする。


「ねぇ…秋田藤四郎とあの時何を話していたの?」

その声は怒気が含まれていた。
俺はドキリと心臓が跳ね上がるのがわかった。
感情を抑えるように俺は知らないとだけ主に
言った。そして早足に通り過ぎようとした。


腕を掴まれる。
「……私、知ってるのよ。あの時見たんだから…隠しても……無駄!!」

掴まれた腕に力が入る。
意外と力があるから俺は声が出そうになる。

主の表情を見た。
笑っていた。だけど、鬼のような笑いだった。
俺は目の前で鬼に殺されてしまうのかって錯覚さえ覚えた。だけど、すぐに手を放す。

「あ、貴方は何が何でも破壊しない♪だって、まだ利用価値があるしね!」

その目は薄ら笑いだった。目は笑っていなかった。いつだって切り捨てることも可能なのよと言われている気さえもした。

「…ねぇ?どうして何も言わないの?貴方ってまんばちゃんより無口よねー。これだったらまんばちゃんの方が可愛げがあるわ」

(なんなんだ?この女は?人をそんな目で見ていたのか!?)

俺はその女を睨む。

「そうそう、その目をしてくれなきゃ面白くないでしょ?今の貴方の顔最高よ。鏡で確認してみる?」

「…ふざけるな!」

「あらあら〜何をそんなに怒っているのぉ?冗談よ。冗談。それにしても、こういう行為って逆切れって言うんだよ。骨喰ちゃん♪」

「黙れ!!」

俺は平静を保とうとする。この女は挑発を入れてからかって楽しんでいるのだ。

俺はこの女に背を向けて歩き出す。
今の主がクズだってことぐらい最初の頃からわかり切っていた。いいや、俺はわかり切っていたと錯覚をしていて実はこの本丸の出来事を何も知らないんじゃないか?

俺は足を進める。悩みながらも足を進める。
とりあえず、あの場から離れたかった。

でも、あの女のある言葉で俺は足が動かなくなる。


「あの裏切り者の秋田藤四郎を破壊させてしまおうか?」

「!!」

俺は反射的に振り返ってしまう。



「あ、やっとまともにこちらを見てくれた♪」

にっこりと女は微笑んだ。

「…それはどういうことだ!?」

「裏切り者だからよ。本当は骨喰君も破壊させたいところなんだけど…さっきも話した通りに利用価値があるし…ね」

その女は目をぎらつかせる。
にやりと薄ら笑いを浮かべている。


「だけど…秋田藤四郎を許す方法もあるんだよ。…知りたい?」

と、女は首を傾かせる。

「俺は知らないな…」

どうせこの女が一度決めたことはどう足掻いても実行するんだ。俺が嫌だと言ったところで何も変わらない。

俺はその場から逃げるように早足で歩いた。

どうせ…秋田藤四郎も嘘を付いているんだ。
俺の反応を面白がってそう言ってるんだ。

だから…俺は干渉なんてしない。
周りがどうなろうと知ったこっちゃない。



俺は次の日、黒い翼を持った鴉に何かを言われた。だが、何を言われたんだろう?

ある一言だけを覚えている。
『お前が記憶を取り戻せばー主は死ぬ』


数日後。
また秋田藤四郎が本丸にて俺の肩をまた叩く。

「骨喰兄さん、起きてるんでしょ?二度目は通用しませんよ」

俺は仕方なしに目を開ける。

「…ほっといてくれないか?」

「兄さん友達を作りましょう!」

「……断る」

「友達がいると楽しいですよ!」

「……断る」


俺は俺自身に対しても何もわかっていないのに俺には友達を作る権利なんてないんだ。

それにしてもひとつ疑問が浮かんだ。

「それにしてもお前には俺に対して兄さんって呼ぶよな?…それはなぜだ?」


「主様から聞いたら僕達あわたぐちって刀だから主様に言われたのです。あるで兄弟刀みたいだねって」

「だから兄弟なのか…」

「そ、だから骨喰兄さんって呼ぶことにしてる」

「おい、勝手すぎやしないか?」

「いいじゃないですか。兄弟が居るって楽しいみたいですよ」

「…俺は知らない」


俺は本丸の外へ出る。
秋田藤四郎と話していると自分までおかしくなりそうだ。あれ?前に秋田藤四郎から何か大事なことを聞かされたような…気がするけど気のせいだろうか?


「もー兄さん待ってよ!」


兄さんかー…。
でも、俺は嫌いではないかもしれない。


俺は雪が降る寒い空の下、
秋田藤四郎に見えないようにくすりと微笑んだ。きっと上手く笑えていないだろうが。

                (完)

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