乞う花

□「乞う花2」
1ページ/21ページ









「歩けるか?」
「はい」

苛つきと憂鬱さで迫ってくる包帯から視線を剥がし、掴んだ手をそっと引くと、細い足は思ったよりもずっとしっかりとした足取りで一歩を踏み出した。
途端、握った手の存在感が強く温かさを増してきて、またそこへ力を込めてしまう。


「何かあったら、すぐに連絡をください」
「分かった」

医師の心配そうな声に頷いて返してから、メロは背後からの視線をニアから引き剥がすように早足で医務室を出た。








廊下を進みながら、簡単に『L』についての説明をした。
『L』が創られた経緯、様々な国防機関から依頼を受けて協力している事情、これまでの経歴や内部のシステム。
かいつまんでの説明ではあったものの、ニアはすぐに『L』の全体像を把握し、そこから疑問に思うことを聞いてきた。
医務室で感じた瞳の奥の光同様、頭の良さも健在だと感じ取ると、ニアらしさがしっかり残っていることにまた安堵を感じた。

ただ、モニタールームのドアの少し手前で、『L』のトップがニアであるという事に言及すると、ニアは進ませていた足を止めて丸く開いた瞳を向けてきた。

「私が?」
「そうだ」
「私が、国からの依頼を受けて、事件を解決している機関のトップなんですか?」
「ああ」

驚きをいっぱいに広げた顔に、次第に困惑が浮かゆでいく。
その様子を見下ろしながら、この反応は仕方がないかと弱い苦笑を口端に浮かべた。

「信じられなくても、頭に留めておいてくれ」

トップであるという自覚を持ってモニタールームで過ごしていれば、隠れている記憶に触れるものも多くなるはずだ。
それに、玩具だらけのニアのスペースや、スタッフ達の態度を考えれば、知らずにいると逆に混乱してしまうのは目に見えている。

「何もしなくていい。ただ、みんながしている事を、無理をしない程度に見ていろ」
「・・・はい」

素直に頷きながらも、戸惑いを拭いきれないのは全身の緊張した雰囲気からはっきりと伝わってくる。
やはり、今日くらいは休ませるべきだったかと後悔しかけた時、

「さっき医務室にいた女性は、『ハル』というお名前ですね」
「ああ」
「彼女は・・・私の部下ということですか」

あり得ないと伝えてくる顔を見返しながら「そうだ」と短く返すと、ニアはゆっくりと呼吸を整えるような仕草を見せてから、小さく頭を振った。

「とてもしっかりとした方に見えましたが」
「確かになんでもできる女だけどな。それでも、ニアには敵わない」
「私に・・・?」
「ああ。それに、ハルだけじゃない。この建物内にいる人間は、全てお前の部下だ」
「・・・信じられません」

体を小さくして俯き、ぽつりと呟く姿は、そこら辺にいる少女のようだ。
普段は、ただ佇んでいるだけでも『L』の貫禄を滲み出させていたのに、今はまるでそれがない。
メロは、微かに息が乱れるのを感じた。

Lやワイミーズハウスに関わらない人生をニアが歩んでいたのなら、もしかしたら、ニアはこんな普通の少女の姿で日々を送っていたのかもしれない。
なにかしら突出したものはあるだろうけれど、それでも一般的な思考を持ち、一般的な行動をして、一般的な生き方をしていたのかもしれない。
自分とは一切接点のない、普通の少女──────

それは、今までメロが感じたことのない種類の衝撃だった。
ニアの存在を知らずに生きている自分。
自分の存在を知らずに生きているニア。
それは、想像すらできるものではない。


強張った全身を持て余し、そのまま動くことも話すこともできずにいるうち、目の前でふとニアが視線を上げた。


「では、あなたは・・・その、『メロ』でいいんですよね?」
「・・・ああ」
「あなたは? あなたは、私とはどういう関係なんですか?」

まっすぐに見つめながらのその問いに、抱えたままの動揺のせいもあって、思わず、なんとなく、言葉に詰まった。

幼馴染み、ライバル、『L』内での一応の上司部下、それから──────恋人。
考えてみれば、自分達の関係はたくさんの言葉で言い表される。
けれど、頭に浮かんだそれらの言葉の中からひとつ選んで言うのは、少し違う気がした。
恋人という言葉ですら、しっくりとこない。
そんなものではなくて、もっと強く、もっと深く、もっと繋がった関係なのだ。
それを告げたいのに、的確に表せる言葉が見つからない。

どうしたものかと考えあぐねた僅かな時間を終わらせるように、モニタールームのドアが開いた。


「ニア!動いて大丈夫なんですか?」

そこから現れたジェバンニの声に反応して、室内の視線が次々と自分達へ向けられる。
ニアの意識が自然とそこへと傾いてしまい、さっきの問いに答えるタイミングを失ったメロは、小さくため息をこぼした。









次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ