乞う花

□「乞う花2」
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どうしても手を離せない者以外の作業を一旦止めさせ、全員にニアの状態を説明すると、医務室の医師と同じく、スタッフ達も目に見えて戸惑いや狼狽を見せた。か
悲壮感さえ漂う無数の視線を浴び、いたたまれなくなったらしいニアが、背後に隠れるようにしながらますます体を小さくしていく。
そうやって弱っている姿などニアは一度も見せた事がなかったから、その様子にもスタッフ達が動揺を広げるのが分かった。

室内の空気が不安な重苦しさに満ちていく。
それがそのままの状態で落ち着くのを確認してから、メロは全員へと向けて口を開いた。
一時的な記憶障害だということ、今受け持っている数件は、もともとニアが仕切らなければならないような難しいものではないということ、何より今までの事件を解決してきたスタッフひとりひとりの優秀さを強調すると、やがて落ち着きを取り戻していった。





それぞれの持ち場へと戻り、モニタールームの強張った空気が静かな喧騒へと変わったのを見届けてから、メロはフロアを見渡せる中二階のコントロールルームへとニアを促した。

ドアを開けてすぐに広がる、玩具の山。
床にはブロックやミニチュアの鉄道、ビニールプールやら人形やらがひしめき合い、壁にはダーツの的やら子ども向けの世界地図やら迷路やら。
部屋の本来の主は、その惨状を見て体を強張らせた。

「・・・なんですか、これ」

『L』内ではもうすっかり当たり前として皆に受け入れられてしまっていているものの、何も知らない者が見ると普通はこんな反応だろうと思い、メロもさすがに失笑した。
ここまで騒々しい部屋にしたのはニア自身なのに、それを見て本人が硬直しているとは滑稽だ。
けれど、足元に落ちていたブリキの飛行機に目を止めてそろそろと手に取ったニアは、それをしばらく見つめてから、「これは・・・私のものですか?」と聞いてきた。

「分かるのか?」
「手に馴染みます。それに・・・なんだか安心する」

目の前で前後に動かしながらそう答え、ふっと頬を緩ませる。
それは僅かな変化ではあったけれど、取り巻いていた緊張がうっすらと和らいでいくのが分かった。

「・・・最近は、特にそれが気に入っていたしな」
「そうなんですか?」

目の前のニアがそうしているように、記憶をなくす前のニアも、インカムで細かな指示を出しながら、その飛行機のプロペラを飽きもせずくるくると回していた。
キリキリと微かに鳴る、細く掠れた音。
それが妙に耳障りで、メロは眉を寄せた。
昨日まではそうでもなかったのにと不思議に思い、それからすぐに無機質な玩具が自分よりもニアを安らがせていくことに嫉妬しているからだと気付いて、軽く憂鬱になった。





コントロールルームは、モニタールームの前壁面すべてを占めるモニターの全て、そしてスタッフ全員を眼下におさめることができる、『L』の総指揮官の為の部屋だ。
忙しなく動き回っている、自分の部下であったらしいはずの面々を見下ろして、ニアは居心地が悪そうにまた体を小さくした。

「忙しそうですね」
「今は、5件の事件を追っている。その中のひとつがもうすぐ片付きそうな状況だ」
「あなたは手伝わなくていいんですか?」
「俺やお前が手を出さなくても、それほど難しくない事件ならあいつらが指揮を執る」

報告を受けては即座に指示を出しているレスターとジェバンニを指していい、それからハルを含めた元SPKの事も説明した。
キラ事件の頃から付き従っている三人のことを聞いても、ニアはやはり初めて見るかのような視線を階下へと向けるだけだけだった。


「あの・・・下の部屋に入る前にも聞きかけたんですが、あなたは?」

しばらくしてから、遠慮がちな声がした。
ニアのデスクのそばに設置されている自分用の席に座り、PCに送られてきた捜査資料を見ていたメロが顔を向けると、ずっと持ったままの飛行機を床に置きながら、ニアがゆっくりと首を傾げた。

「あなたは、私の部下という訳ではないですよね?それに、 さっき・・・あなたの言葉で、あの方達の意識がひとつにまとまっていくのがはっきりと分かりました」
「まあ、一応役職としては高い方だからな」

テロリストとして動いていた事もあった自分が、今ではLの筆頭補佐だ。
ニアが監視をするという条件付きで恩赦となったとはいえ、普通では考えられない破格の待遇と言える。
その経緯も説明した方がいいかと考えていると、

「ここの指揮官は、本当はあなたじゃないんですか? 私ではなくて」

真面目な声が真剣にそう告げてきた。

「・・・なんだと?」
「どう考えても、それが自然だと思うんです」
「何を・・・」

思わず、呆気に取られてしまった。

キラ事件の解決した後、ニアは探偵として動いていたLの姿勢を組織と変えた。
それは、キラ事件を解決した結果として仕方のない流れだった。
最初こそはSPKのメンバーだけを中心としたこぢんまりとしたものだったけれど、求める声の大きさに比例して規模が次第に大きくなっていったのも、仕方のない流れだった。
けれどそれは、ニアにその事態へ対応できる能力が十二分にあったからできたことなのだ。
メロは、椅子を回してニアの方へと上体を屈め、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を落とした。

「スタッフを鼓舞するのは、お前の方が上手いぞ」
「え?」
「俺みたいにありきたりな言葉を使うことなく、もっと自然にそれぞれのモチベーションを上げられる」

それは、今まで何度も目の当たりにした状況だ。
きっと、ニアは意識することなくやっていたのだと思う。
厳しい指摘を向けるのが常ではあったけれど、要所要所で個々の実力を認めているという言動を、これ以上はないという自然さで見せていた。
事件によっては過酷な状況が長く続いたりもする中、それでも全員がニアにしっかりと従っているのは、そんな部分も強い求心力となっているのは確かだ。

「全く実感がありません」
「そうだろうな」

ボソッと返ってきた呟きに、同じように呟いて返した。
無自覚でやっていたはずなのに、更に記憶までなくしてしまっているのだから当たり前だ。






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