話の長い理屈やさん
□くるりくるり、くらり ep 2
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からころ、と古めかしい金属のぶつかりあう音によって来客が知らされる。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしたら、お伺いいたします。」
店主たる少女、もとい悠佐蒼(ゆさあお)はスーツ姿の女性に声をかけた。
女性は店内の棚においてあるポップと呼ばれる立札に書いてある天然石の説明を熱心に読んでいるようだ。
気が強く仕事熱心なキャリアウーマンというのだろうか、長い黒髪は一つに結われ飾り気はないもののどこか小奇麗な印象を受ける。
齢はおそらく30代前半だろうと見当をつけた。
となると仕事によるストレス関連の悩みだろうか。
女性はちらりとこちらと一瞥したのち、また視線をポップに戻す。
占いなど信じないだろうに。
彼女を音源としてヒールの音が古びた木造の店内を反響する。
なんとも似つかわしくないものだ、やはり長屋には下駄の音こそ至高。
かくいう私も足元はローファーなのだが。
そもそも私は古いものを好むだけであって、特にこうあるべきという理想を持ち得ているわけではないのだ。
確かに下駄のほうが似合うがアンバランスもまた美しいということにしておこう。
そもそもヒールを嫌っているわけでもない、ただの趣というやつだ。
それにヒールを履きこなして働く女性に憧れたことがなかったといえばそれは嘘になる。
条々は女性(一応私も女性だから差別化のためにスーツさんとこれからお呼びするとしよう)をひとしきり観察して気が済んだのか、一声だけ猫らしく鳴いて見せた。
「猫?アレルギーがあるから遠くにやってもらえるかしら。」
「申し訳ありません。うちの看板猫でして。」
目線を条々の方へと向けると機嫌悪そうにこちらを見てから二階の自室へと消えた。
猫の軽やかな足取りに階段の板がきしみ、音が響く。
きしむ音、ヒールと木材のぶつかる音、店先のベル音。
なんとも言い難いが気分が高揚する心持ちがする。
今でこそ孤独を極めているが元来私は寂しがりやなのだ。
女性、もといスーツさんは緑色の石、アベンチュリンを手に取りしばらく眺めていた。
アベンチュリンは森林を思わせる色合いをした癒しの石だ。
持ち主の臨むものを与えるとも言われ古来より幸福の石として知られている。
何が本当かは私ごときには判断などつかないが。
「失礼ですが、お客様は石の効果を信じますか?」
お客人はこのスーツさんしかいないし少しくらいの談笑は許されよう。
ここで重要なのは私は人見知りという割りとよく聞くだろうある種の病に悩まされており、基本的に目を合わせて話すということができないということだ。
しかし先も触れたように寂しがりやな一面もある矛盾の権化、それこそが私なのだ。
とりあえず目線は帳簿の方に落としておく、自然に。あくまで自然にだ。
かといってきちんと帳簿をつけているわけでもないのであまり見ておくこともなく、見ないように努めていると妙に視線が泳いでしまう。
これはいささかまずい、少し不信かもしれない。
「信じないですよ。眉唾ものでしょう。信じない人が石を買うのはいけないかしら?」
怒らせてしまったのかもしれないと少しスーツさんの方に目線をやるとアベンチュリンの横に置いておいた説明書を見ている姿が目に入った。
怒ってはいないらしいが、口調が少しきつい。
これは性格?となると人間関係も相当こじれていそうだ。
人間関係が円滑にいく石・・・ブルーレースアゲートなんかもいいかもしれない。
「いえ、信じていない御仁が持っている方が安心できます。
自分の願いにあった石をもつことで自分の願いを明確にして、
ふと手元を見たときに冷静になるとか・・・少し考え方を改めるとか。
そういう自戒の意味を持ってもらう、その程度にしか石は効かないと思います。
これは私の自論ですが。」
言いながら、アベンチュリンとブルーレースアゲート、プラジオライトに合う石を見繕う。
どの石を注文されるかわからないがその時にあわてたくはない。
転ばぬ先の杖、というやつだ。
ふと思考を止めて視線を上げる。
その時、声を殺した笑声が耳に届いて心臓がきしんだ。
誰から?と視線をさ迷わせて端と気づく、スーツさんしかいない。
なんか変なこと言っただろうか。
いぶかしげにスーツさんに声を掛ける。
「あのー・・・何か変なこと言いましたか、私。」
「ごめんなさい、変じゃないの。ちょっとおかしくて。
信じてるんだとばかり・・・
後輩が持っていてね、すごく信じていて。
私、その子嫌いなのよ。仕事できないしなんか軽い感じがして。
だから喧嘩売りにきたようなものなのに。
貴女が信じてないのね!」
声を殺す気がなくなったのか、声をあげて笑いながら少し早口にスーツさんは告白した。
この人、笑うと美人だなぁ・・・。
なんか物騒な単語が聞こえた気がするが。
まぁいいや。受け入れてしまう方が楽なのだ。