「ルーシィとナツってさ、付き合ってるんだっけ?」
「ぶふっ!?」
思わず口に含んでいたジュースを軽く吹き出してしまった。
げほごほ、と咳をしながらルーシィは隣の椅子に座っているカナを見た。
「な、な、な、何言ってんの!?」
「なんだ、まだなの?」
「ま、“まだ”ってどういう意味!?あたしとナツはそ、そんな関係にはならないから!」
ばん!と勢いよくテーブルに手をつく。
カナの突然の質問に、ルーシィの顔は一瞬にして赤くなった。そんな可愛い反応をする彼女をカナはにやにやしながら見つめた。
「いつも一緒にいるし」
「そ、それは、だってチームだし」
「部屋にも招いてるし」
「好きで招いてるんじゃない!ナツたちが勝手に来るの!」
「それに・・・」
勘違いしているカナの言葉を全て否定していると、カナは口角を上げた。
「あんたたち、キスしようとしてたらしいじゃん?」
「きっ・・・!?」
予想外の言葉に、ルーシィはさっきよりも顔を赤くして目を見開いた。
「だ、誰からそんなこと!」
「前にハッピーが言ってた」
「あんのクソ猫・・・!」
シャルルの前でデレデレしているハッピーを睨みながら、ルーシィは頬を膨らませる。
ハッピーてば、ほんっとお喋りなんだから!
「でもルーシィ拒んだんでしょ?ハッピーが、オイラ盾にされたってショック受けてたし」
「だ、だって・・・」
事の発端は、アルザックとビスカの愛娘、アスカだ。
ナツとルーシィはちゅーしないの?と不思議そうに聞いてきたことが始まり。
あたしたちはパパとママじゃない、と否定したのだが、それでもナツにちゅーを命令してきて。
まあ減るもんじゃねえし、とルーシィに近付き、本当にキスをしようとしてきたナツにはかなり焦った。
ちょうど足元にいたハッピーを捕まえて盾になってもらったからキスはなんとか免れたものの。
あそこにハッピーがいなかったら、あたし・・・。
あの日のことを思い出して、ルーシィは再びかああっと顔を赤らめた。どうしよう、熱い。
「やっぱりさ、ナツってルーシィのこと好きなんじゃない?」
「私もそう思うわ」
カウンター内で食器を拭いていたミラジェーンが、いつもの柔らかい笑顔で近付いてきた。
どうやら話を聞いていたらしい。
「ナツって、明らかに他のみんなとルーシィへの接し方が違うわよね」
「あいつは分かりやすいからねー」
「うううっ」
二人は楽しそうにナツとルーシィの話をしてくる。
近くにナツがいなかったことだけがせめてもの救いだ。彼がいたら余計ややこしくなる。
クスクス、にやにや。
二人は完全に面白がっている。
ルーシィもナツが好きなの?とか、もう付き合っちゃいな?とか、ナツに本当のところどうなのか聞いてみる?とか、いろいろ聞かれて。
「・・・も、もお!この話おしまい!!」
恥ずかしさに耐えられなくなり、ルーシィは勢いよく立ち上がり、今日は早めに帰ることを決めた。
――そして、商店街に向かって歩いている途中。
今日の夜ご飯は何にしようかな、と悩んでいると。
「オレはな、肉がいい!」
「オイラ魚ー!」
ガクッと大きく肩を落とし、後ろを振り返る。
「・・・なんであんたたちがいるの」
「なんでって、お前が帰るの見えたから」
「あい」
いつもの二人。ナツとハッピーがそこにはいた。
何も言わないで一人でギルドから出てきたはずなのに、いつの間に追いつかれたのだろう。
「って、あたしが帰るからってなんであんたたちも一緒に帰るのよ」
むすっとして顔を顰めると、まあいいじゃねえか、と笑顔のナツがハッピーと一緒に商店街の中に入って行く。
勝手に肉やら魚やら手に取って、目を輝かせながらルーシィの前に持ってくる。断れば子供のように駄々をこねてその場から動こうとしない。そのいつもの流れを分かっているからか、ルーシィは仕方ないなぁと呟いて、肉や魚を購入する。結局今晩も、ナツとハッピーが部屋にやってきた。
「あ、ちょっと!それあたしのお肉よ!?」
「ケチケチすんなって。代わりにサラダやる」
「いらないわよ!それあんたのだし!お肉返せ!」
「ルーシィ、ご飯の時くらい静かに食べようよ」
「こら!魚ばっかり食べるな!」
今日もぎゃーぎゃーと騒がしい夕食。
三人でご飯を食べることが完全に日常化してしまっていた。
食べ終わると、二人はまるで自分の家のように寛ぐ。これもいつものこと。
ルーシィは一人、キッチンで食器を洗っていた。
この分だとあの二人、今日も泊まってくわよね。これ終わったらお風呂の準備しなきゃ。先にナツたちに入ってもらって、そのあとあたし・・・あ、そういえばリンゴ買ったのよね。みんなで食べ・・・・・・。
きゅ、と水道を止めたところで、ルーシィはハッとした。
・・・あたし、ナツとハッピーに甘すぎない!?
すごく今更のような気もするが、これじゃあカナに勘違いされても不思議じゃない。
最近毎晩ご飯をご馳走してるし、お風呂は貸してあげるし、不法侵入されても追い返すことなく普通に居座らせてるし、ベッドは勝手に取られることばかりだが起こすのが可哀想だからと自分は床に布団を敷いて寝ていて。
甘い、甘すぎる。付き合ってるわけでもない男にこんなことばかりしているなんて。最近食費がかさんでいるのはあいつらがいるからだ。
こんな毎日を続けているから勘違いされるんだわ。
よし、今日は言ってやろう。いい加減帰れって追い出してやる。
明日からは部屋に上がらせないんだから。
ルーシィは意を決し、キッチンを出て二人の元へ行くと。
「あんたたち、そろそろかえ・・・もお」
追い出してやるつもりだったのに。
食後、普段はまだ騒いでいる二人が、今日に限ってすでにベッドで寝ていた。
起こしたくても、起こせない。だって二人ともすごく気持ち良さそうに寝てるんだもの。
「結局今夜も泊めることになるのね・・・」
ため息をついて、ルーシィは仕方なく二人に毛布をかけてあげた。
「・・・まったく」
やっぱり自分は、二人に相当甘い。
呆れたように笑ってお風呂の準備でもしようかと思った時。
むくりとナツが身体を起こした。
「あ、お、起きた?」
「・・・」
寝ぼけているのか、ナツはぼーっとした顔でしばらく壁を見つめていると。
「・・・いつからオレんちこんな部屋になったんだ?」
「ここはあたしの部屋よ!!」
ルーシィは目を覚ますように、ナツの頬を勢いよくバチンと叩いた。
「あれ、ルーシィ」
「はいおはよう。良い目覚めだったわね」
「いあ、すげぇジンジンしてんだけど」
叩かれた頬に手を当て優しく撫でながら、ナツは大きな欠伸をしてベッドから下りた。
「なんか喉渇いたなー。ルーシィ、飲みもん」
「はいはい、ちょっと待っ・・・」
言われた通りジュースを持って来ようと冷蔵庫に向かうが、ぴたりと足を止める。
危ない危ない、またナツを甘やかすところだった。
ルーシィは振り返ってナツを見るなり、窓を指差した。
「さ、起きたなら帰りなさい」
「えーこんな夜遅くに帰すのか?」
「まだそんなに遅くないから。あんたなら大丈夫、変質者に会うわけないし」
「残忍な奴だな」
ナツはむぅ、と唇を尖らせいかにも嫌そうな顔をする。
「でもよ、ハッピー寝てるし」
「ハッピーはいいわよ、起こすの可哀想だもの」
「オレだけ帰るのか!?」
そんなの嫌だ、とでも言いたげなナツを無視して再度帰りなさい、と言うと。
ナツは明らかに落ち込みさっきの元気はどこへやら、というくらいしょぼんとしていた。
こ、これって、あたしのせい!?
ルーシィは慌ててナツに近付いた。
「ち、違うわよ?別に嫌いだから帰れって言ってるんじゃなくて、その・・・なんていうか・・・」
こんな毎日を続けているから他の人たちから付き合ってるって誤解されるの、と言いたいのに。
喉の奥で詰まって、その言葉が出てこない。ていうか、こんなことナツにはっきり言ってもきっと分からないだろう。
どうしよう、なんて説明すればいいだろう。
「ルーシィ」
「え?」
ぽん、と肩に手を置かれる。
何かと思い顔を上げると、ナツがいつもよりすごく近くにいて。
なんだかあの時と・・・「減るもんじゃねえし」と言って近付いてきたあの時と、似てる。
え・・・嘘。
まさか、と思った瞬間、ナツがゆっくりとルーシィに顔が近付けてきた。
き、キスだ!!
どうしよう!?盾にするものがない!!
逃げられないようになのか、肩を掴まれ。
すぐそばまで来ているナツに目を開けていられなくて、ぎゅっと目を閉じる、と。
――ふわりと前髪が上げられた。
「あ、やっぱニキビだ」
「へ・・・」
ほれ、と額を指差される。
最近できてしまったニキビを指摘されて、ルーシィは恥ずかしさのあまり頬を膨らませて右手を繰り出した。
「バカー!!」
「イテッ!?」
ナツの顔面にクリーンヒットし、ルーシィは慌てて前髪を直してナツを睨む。
「か、隠してたのに!何すんのよ!?」
「いあ、赤かったから血かと思って」
「そう思ったなら聞けばいいでしょ!?なんで見るのよ!」
バレないように隠していたのに。
どっくんどっくん、と心臓が騒がしい。顔が熱い。
ナツのせいだ。ナツがあの時を思い出させるようなこと、するから。
・・・あんなことされたら、誰だって。
「き、キスされるかと思うじゃないの・・・」
ぽろ、と口から出てしまった言葉。
ハッとした時にはもう遅く、少しの沈黙のあとナツが怪訝な顔で口を動かした。
「・・・きすぅ?」
「あ、い、いや・・・」
耳の良いナツにははっきりと聞こえてしまったようだ。
「キスってちゅーのことか。そういやこの前アスカが言ってたな」
あの時のことを思い出したのか、ナツはにこりと笑った。
「なんだ、やっぱりルーシィもしてえのか」
「はい!?」
やっぱりって何!?だ、誰もしたいなんて言ってないんだけど!?
「ちょ、ちょっとナツ!?」
一歩ナツが近付くと、ルーシィは一歩後退する。
それを繰り返すうち、ついに壁際まで追い込まれ。
「減るもんじゃねえし、別にいいだろ」
「い、嫌よ!絶対!」
気持ちのないキスなんて、ただの興味本位のキスなんて、絶対嫌。
だって初めてなのよ?それなのに、彼氏でもないただの仲間とファーストキスなんて・・・!
「こ、これ以上近付いたら殴るわよ!?」
そう、言ったのに。
ナツはルーシィの頬に優しく手を添えた。
「してえからじゃダメなのか?」
「し、したいって、そんな、キスなんて簡単にしていいものじゃないの!」
「分かってるって」
「や、あんたは絶対分かってな・・・」
顔を上げると、ナツと目が合った。
まっすぐな瞳。添えられている手が少し熱い。
ダメなんだって、分かってるのに。
彼氏でもないのに。ただの仲間なのに。
ゆっくりとナツが近付き、息が軽く唇にかかった時。
・・・ねえ、キスって。
「好きな人とするものなのよ?」
「知ってる」
自然と、瞼が下りた。
嫌だと何度も言っていたのに。
ファーストキスは、好きな人じゃなきゃ嫌だったのに。
・・・あたしって、ほんと甘いなぁ。
触れた唇は意外にも柔らかくて、少し熱くて。
とても優しかった。
しばらくしてナツが離れると、ルーシィは斜め下を見て頬を膨らませた。
「嫌って言ったのに」
「気持ち良さそうな顔してたじゃねえか」
「してない、バカ」
自分じゃ分からないけど、そんな顔をしてたのかと思うとすごく恥ずかしい。でも。
「・・・ナツのバカ」
キスする前に言っていたことを思い出し、ルーシィは頬を赤らめながら小さく呟いた。
そんな彼女を見て、ナツはもう一度、顔を近付ける。
寝ていたはずの青い猫が、このあとカナに全て打ち明けてしまうとは・・・知らずに。