『祝福を』

抜き足、差し足、忍び足。
そろりそろりと背後から忍び寄る金色。
対して、桜色はこくりこくりと呑気に船を漕いでいる。
途端、ドシンという衝撃が背中に襲い掛かり、油断していた少年は上体を前のめりさせた。
少年は内心驚きつつも、途中で上体をピタリと止めた。
その体勢のまま、少年は眉間に皺を寄せ、怪訝そうに不機嫌そうに首だけを後ろに向けた。
案の定、えへへ、と屈託無く笑顔を振り撒く金色髪の少女と目が合った。

「……何だよ」

少女は相変わらず全体重を少年の背中に預けている。
近付いてくる匂いで、その人物はチームメイトの少女である事は分かりきっていた。
しかし、それでも、眠りを妨げられた少年は少なからず機嫌を損ねた事には変わり無い。
くん、と間近に迫る少女の顔を嗅いだ。
その薔薇のように艶やかでぷっくりと膨らむ小さな唇からはアルコールの匂いは全くしない。
このように、素面の少女が自ら少年にボディタッチをしてくるのは非常に珍しい。
まるで自分を頼りにしてくれているようで、少年は内心嬉しさが込み上げていた。
しかし、睡眠の邪魔をされた事は、それとは全くの別物である。
強い意思を秘める大きな瞳、形の良い眉、長い睫毛、スッと通っている鼻筋、ふくらかで血色の良い柔らかい頬と小さな唇を眺めつつ、少年は少女の言葉を待った。
何も弁明が無ければ仕返しをしてやろうと画策しながら。
しかし。

「何でもないわよ」

周りに花を浮かべながら、少女は顔を綻ばせながら再び少年に抱き着き双方の頬を擦り合わせた。
素直な好意を無下に出来る程、少年は生憎永い時間を過ごしていない。
そうか、と少年は顔を正面に向き直して肩の力を抜き、抱き着かれたまま椅子に座った状態でゆっくり少女に向けて体を反転させた。
拒絶されるかと思いきや、少女はお互い面を向かった状態でも臆する事なく少年に抱き着いた。
耳元で聞こえる小さな笑い声が聞こえ、首に巻かれた細い腕に力が入る。
柔らかな弾力的を厚い胸板で感じつつも、少年は至って平静に少女の細い腰に両腕を巻き付けた。

「ふふっ。ナツってば子供みたい」
「……ガキじゃねえよ」
「ムキなっちゃって。可愛い」
「……それを言うなら格好いいって言え」
「はいはい、その内ね」

ム、と少年は眉をひそめ唇を尖らせながら、ぎゅっ、と抗議の意味も兼ねて少女を強めに抱き締めた。
しかし、少女は可笑しそうにカラカラと笑いながら、ちょっと苦しいわよ、と少年の肩甲骨のある辺りの背中を宥めるように軽く叩いた。

「……ルーシィがオレを子供扱いするから悪いんだ」

少年は変わらず唇を尖らせているが、渋々と少女の言う通りに腕の力を緩めた。
すると少女は少年の首から腕をしゅるりと解き、左手を少年の右腕に添え、ギルドマークが施されている右手で桜色髪をわしゃわしゃと撫でた。
その際前髪が降り、少年の童顔をより一層際立たせた。

「ふふっ。こうするとホント子供に見えるわ」
「……ルーシィがこうしたんだろ」

少年の腕に力が入り、その頬が膨らむ。
ごめんってば、と少女は嫌味無くカラカラと笑う。
悪意が無い分余計に質が悪い少女のからかいに、少年は言葉をつぐんで頬を更に膨らませた。
不意に少女は両手を伸ばし、少年の両頬に添えた。
そして、少女がゆっくりと左右から両手に力を入れると、プスー、と間抜けた音を鳴らしながら少年の口から空気が抜けた。
それがまた面白かったのか、少女は体を揺すり口を開けて笑った。
あどけない姿が小さな子供を彷彿させる。
どっちが子供だよ、と少年が唇を尖らせれば、あたしの方が大人よ、と少女は胸を張った。

「嘘つけ」
「確かに。ま、ナツより大人だって事は断言できるわ」

正直、否定が出来ない。
少年は益々面白く無くなり口をつぐんだ。
端から見ても不機嫌である事が容易に窺える少年に少女は、仕方ないわね、とクスクス笑った。

「ナツ」
「……」
「ちょっと屈んで?」

少年は沈黙を貫く。
しかし、少女の言葉に従い、若干だけ身を屈めた。

「もう。機嫌直しなさいよ」

言葉には棘がない。
少女はあやすように差し出された桜色髪を再び撫で、額に掛かる前髪を後ろに撫で付けた。
そして目の前に現れる少年の額。
少女は少し背伸びをし、そこにそっと唇を乗せた。
驚く少年。
はにかむ少女。
額に残る僅かな温もりに目を見開き少女を見つめれば、たまには良いでしょ?と少年に色付く頬を晒した。
途端、少年は顔を破顔させる。

「もっかい」
「……え?」
「もう1回してくれたら、ガキ扱いした事許してやる」

今度は少女が口をつぐむ番である。
しかし、少年の腕は少女の腰にしっかりと巻き付けられており、そう簡単には逃がしてくれないようである。
暫しの沈黙。
暫しの逡巡。
それでも、最後は少女が、仕方ないわね、と少年に微笑みかけ。

「今回だけよ」

頬を朱に染めた少女が再び背伸びをした。
少年はそれに併せて身を屈めた。

そして、ルーシィは口付けを施し。
ナツはそれを額で受け止め、与えられる温もりを甘受した。

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