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□正月、高円寺、2時
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「あんた、何ぼっとしてるんですか」
って不機嫌そうな声が聞こえてきた。振り返って一呼吸。目線は首元あたりに。
「寒くない?」
って聞いてやる。まぁ寒いですね、と返す頬に両手を添えれば、ぱっと手を取られて。背もさほど変わらなければ歩幅もさほど変わらないが、着物の私は一歩置いていかれる。神社まで10分。
境内にはいつもの澄んだ冷たい空気など無く、チョコバナナや豚骨スープの香りが漂う。初詣といっても大した願い事は無い。
「わか、何お祈りしたの?」
「無病息災。後下克上。」
「そうね。」
「混んでるな。皆参拝じゃなくて…出店見に来たようなもんだろ。」
「あれ?わかは私の晴れ着は見てくれないの?」
目の前に回り込んで袖を広げて見せれば、
「っ……馬鹿だろ」
なんて憎まれ口。
的屋のおにーさんがへらへらとたこ焼きを勧めてくる、きっと酔っ払いだろう。まぁ小首傾げて返事してやる。
「わか、甘酒、半分こしてくれる?」
「わかった、待ってろ」
私が出すよ! と言ってしまえば機嫌が悪くなるだろう。わかの伸びた背筋の眺めていると、視界の左端でチラチラ大学生と目が合って、少し気持ち悪かった。
人混みにはぐれないようゆるく腕を絡ませて、雅楽を聞く。後ろから、あの大学生風に声を掛けられた。わかが喧嘩を買う前に、ハニーだから、とわかにしなだれる。
「ごめんね〜彼氏だったんだ〜弟くんかと思っちゃった」
「かっこいいでしょ?」
「うん、お幸せに」
あからさまに不機嫌で、手を繋げと反対の手を出してきた。
「おい、戻るぞ。」
「うん、家寄ってもいい?着替えたい」
今日はわかのお家にお泊まりだ。甘ったるい匂いは3時の住宅街に漂う。滞在時間は40分。家まで15分。
立派な庭やガレージがあるわけでない家にシングルロックを解除して帰宅する。弟は初詣か何かだろう。着替えるから待ってて、とリビングに通したのだが、
「まだだーめ」
というのを無視して自室に入ってくる。デスクの椅子を引いて、座ってこちらを見ている。
「ちょっと派手過ぎたかな」
「……着物か?」
「うん」
クローゼットの扉の影から聞いてみる。リブのタートルネックを手に取りながら
「ほら、黒地だし、小物も赤多かったから、派手かなーって」
「少しな」
反省しながら着替え終えて、コーヒーでいい?と聞くと座ったまま腰を引き寄せてきた。手を剥がして抱きしめようとすれば、壁際に追いやられて後ろ向きに捕まえられた。なかなかの時間、腰に回された腕を撫でていた。
「大人になりすぎないでくれ、俺の手元に、居てくれ、俺が守るから」
やっと返ってきたのは思いがけない我侭で、震える唇で背中にキスをしてきた。
「その服で、充分綺麗だ」
年上彼女は期待以上に愛されていたようだ。年下の騎士はすぐに大人になるだろう。その時は私も“黒髪にして、かっこよすぎるから”と抗議しようと思うのです。