ほんとを見て

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秋穂は彼女なりに、この『ゲーム』を楽しんでいるのだ。加えてこのミステリー小説に出てきそうな洋館、これで平常心を保てというのが無理な話なのだ。
洋館と廃墟は問答無用で人間の冒険心を掻きたてる。



とりあえず、二階に登ってがちゃりがちゃりとドアノブを掴んでみる、けれど、殆どに鍵が掛かっている事に落胆したのか、秋穂は首をゆるく振ってから一階に降りた。

階段を降りて、左手にあった部屋のドアを開く。食堂。食堂を探索する気はないのか、すぐにドアを閉めた。次は、右手のドア。中には大きな長机と、そのまわりに肘かけいすが八脚。机の上には、書類の束がつまれている。




「なにをしてるんですか?」




秋穂が書類に手をのばそうとした時、部屋の入り口に影が立った。




「あ、えぇと、柳川さん」

「電気くらいつければいいのに」




秋穂を睨むように見つめたまま、柳川は手だけをのばして電気をつける。そして、ゆっくりと秋穂の立つテーブルの側に歩いた。





「……『ルージュ・レーブ』を探しているんですか?」


「はい。みなさんのお話を伺って、興味が湧いたもので。あなたは?」


「……栗井栄太が言っていたでしょう。食事は各自で用意するようにと。なにか作っておこうと思ったんですが……この部屋のドアが開いているのが見えたから……」


「ああ、そういえば夕食、どうします?みんなで用意しましょうか。麗亜さんにも声を掛けて……」


「嫌です」食い気味に柳川が答える。「……あー、ぼく、他人の作ったものが食べられないので、できるなら一人の方が。なんなら全員分、作るので。用意するなら、ぼく、一人の、方が」


「そういうことなら、お任せしますね」


柳川の謎のこだわりには深く突っ込まずに、秋穂は頷いた。

口には出さなかったが、柳川が不自然な動揺を見せた事は伝わっていた。


「そういえば、私は、『招待客』ではないんですけれど、そもそもゲームへの参加権はあるんでしょうか、もしかして部屋でじっとしていないといけないのかも」


明らかに気を遣われた話題の代わり様に、柳川は唸るような声を喉から出して秋穂を見下ろした。


「たとえば自分がゲームを設定した立場であるなら」しかし、その気遣いに柳川は甘えることにしたらしい。話題をゲームに移す。秋穂は大人しく耳を傾ける。


「貴方の存在はバグともいえるし、プログラムの一部ともいえると思うんです。だって、」
「ぼくらは皆、同じ条件でゲームをしているのに、貴方だけは違う。招待状も持っていなければ『ルージュ・レーブ』や栗井栄太への執着もない」


「だから、例えば貴方は、この場を去ったりこの館に火をつけたり、そういった他のプレイヤーにはできないことができる。……その異質さを、ゲーム上のイベントの一部とするか、ゲーム内に想定していなかったバグとみなすかは、栗井栄太の考えによるとは思いますが……ぼく個人としては、「『ルージュ・レーブ』に興味がないのなら、プレイヤー然とせずに大人しくして頂きたいですね」


だんだんと早口になる柳川に、秋穂は微笑み以外の反応は返さない。言い切るように息が吐かれ、その動作が終わってようやく秋穂は口を開いた。


「丁寧なご回答、有難うございます」


秋穂はくすくすと笑って、柳川をまっすぐ見た。彼が抱いている不信感は気にしていないのか、礼儀正しい姿勢を崩さない。


「けれど私、『ルージュ・レーブ』には興味ありますよ。ゲーム界を揺るがすクリエイターが作った世界、見てみたいじゃないですか?」

「物好きですね」

「あら、ここに集まった方々は、皆そうだと思っていたのですが。貴方も」


挑発でなく本心なのだろう、秋穂の声にからかいの色はない。柳川が長く息を吐くが、それに気付いても、秋穂に悪びれる様子は無い。この言葉を、彼が悪い意味で捉えはしないことを分かっているようだった。


「頑張りましょう、お互い」


柔らかく笑顔を浮かべて、秋穂は手を差し出す。友好の握手のためにした行動だったが、柳川は手を握り返すことはしなかった。その手を掴んで自分の方に引き寄せる。いきなり近付いた距離に、ぱち、と秋穂が瞬きをした。
「気を付けて」
柳川は、秋穂の耳元で低く囁いた。
「栗井栄太が、貴方をバグとみなした場合――このゲームにおいて邪魔な存在だと判断した場合――貴方は危険な状態になる。とても」


「ご忠告ありがとうございます」


秋穂は、柳川の胸を押して身を離す。そして、どこか上機嫌な様子で部屋を出て行った。

残された柳川は、小さく溜息をつくと、部屋の中には一瞥もくれずに部屋を出る。



ぱちり。



部屋の電気が消えた。

しんとした部屋の中で、音をたてるものはひとつもなかった。











*****










事件は、その日の夕食のあとにおこった。


事件といっていいものかわからないけど。


その日の夕食に降りて来なかった麗亜さん、様子を見るために部屋に様子を見にいったぼくたち。そこで見たのは荒された部屋と縛られ『刺殺』と書かれた紙を貼られた麗亜さん。

麗亜さんは縛られていただけで、けがはなかったけど、せっかく書いた小説の原稿をむちゃくちゃにされて、怪獣みたいに怒ってた。さわらぬ神に祟りなしと、ぼくらは麗亜さんをこれ以上刺激しないよう、麗亜さんの部屋から出た。

そのあとは、それぞれが部屋に戻って、思い思いの時間を過ごしていたんだけど――僕らの部屋に戻ったとき、秋穂お姉さんがふいに言った。

「私、自分の車で寝るね」この館に招待されたのは、創也だけだから、用意されてるのも一部屋だ。三人そろって一緒の部屋っていうのは、確かに寝辛い。女の人だからというのもあって、ぼくは、部屋を出て行く秋穂お姉さんをむりにひきとめられなかった。けど、栗井栄太がいつ参加者に『死』を与えにくるか分からない状態じゃ、一人でいるのは危険だということも分かっていて。隠しきれない後悔は、声の色にあらわれてしまった。




とめたほうがよかったかな?




創也は、さあね、といっただけだった。考え事をしているみたいで、表情はわからなかった。創也が俯いていたのもそうだし、ぼくが創也をみていなかったのもそう。
ぼくは、秋穂お姉さんが出て行ったドアをおろおろと見つめる事しかできなかった。




食堂の方から水音が響いている。車からバックパックを持って館に戻ってきた秋穂は、警戒心の欠片もなく食堂を覗く。


ああくそ、油断した。


男性の声がした気がした。


水音に消え入りそうな小さな声だったので、空耳だったのかもしれない。秋穂はそれを、気付かなかったということにしたようで、何も言わずに水音を出している人物に近付いた。

この空間に居るのは二人なのに、一人でいるようだった。二人で一つなのではなくて、二人とも一人。互いに深く関わろうとしない遠い遠いところにいる。そんな孤独を感じた。

そのとき感じた孤独を、秋穂がどう心で受け止めたのかは分からない。しかし、最初にその空気を破ったのは、彼女のほうだった。


「柳川さん、なにしてるんです?」


柳川は、一瞬だけ動かす手を止めて、肩越しに秋穂を見た。すぐに手を動かし始めるが、会話には応じる気でいるようだ。


「明日の朝食と昼食の仕込みですよ。あなたは」

「お手洗いを借りただけですよ」

「玄関の方から来ませんでしたか」


「よくお分かりになりましたね。そう、私、今日は自分の車で寝てるんです。だって、私と相部屋だとあとの二人が可哀想でしょう」



水音が止んだ。


どうも怒っているように見える雰囲気に見えた。



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