ほんとを見て

□3
2ページ/4ページ



十分後――。

元より感情の読み取りやすい人種ではないようなのだが、ここまで考えが分かりにくいとなると、会話も運びにくい。


柳川が自分の手元から目を離さないのをいいことに、こっそりと口を尖らせる秋穂を当然無視したまま繰り広げられる質問劇。


「一晩中車で過ごす気ですか、一人で」

「その気だったんですけどね。思いの外寝苦しくて。応接室のソファを使わせて頂こうかなと」

「……忠告はしましたよね?あなたはぼくらの中で、一番危険な状態なんですよ」

「心配してくれてるんですか?」


はっきりとした挑発の言葉に、柳川はあからさまに顔を歪ませた。


「まさか。ライバルが減るなら、喜ばしいことはない。……ただ、そんなにも無防備だと、その内誰かに噛み付かれますよ。例えば、『ルージュ・レーブ』を狙う、他の参加者とか」


ゆっくりと柳川は後ろを振り返る。その表情にはなんの感情も浮かんでないように見えた。それでも、秋穂は臆せず笑う。


「それでも、少なくとも貴方は私を傷付けないでしょう?」

「何故」

「現にこうやって、忠告してくれているじゃないですか」

「ああ……」

「詰めが甘いですね」

「……」


細めた瞳で感情の全てを語る柳川に対して、遊んでいるのか戯れているのか分からない秋穂はいたずらっぽく首を傾げるのだが、柳川は溜め息を吐くと、手を拭いて調理台から離れた。いつの間にか、手にはぬるめのココアが入ったカップが握られている。それを秋穂に渡し、柳川は秋穂の背を軽く押した。


「じゃあ、遠慮なく心配も忠告もさせて頂きますが……もっと貴方は警戒心を持った方がいい。女性が一人で車の中で一夜を明かすのも、ソファで眠るのも、危険です。それを飲んだら、部屋に戻ってください。一人でいるよりは安全でしょう」


そう言って去ろうとする柳川の腕を、秋穂は掴む。
「ねえ、柳川さん、夜更かしは嫌いですか?」

「……何を」

「危険だと心配して下さるなら、もっといい方法があると思うんですけどね。……DVDに本にゲーム。幸いここには、一晩明かすには充分な娯楽が揃っているでしょう?」

「……警戒心を持てと、ぼくは言ったんですが」

「貴方は私を傷付けないと、私も言いました」


柳川は口を閉じる。黙した時点で、この押し問答は彼の負けだ。

秋穂は、受け取ったカップを軽く掲げた。


「今度は、コーヒーを入れて頂けませんか?貴方と私の分、ふたつ」










*****











次の日の朝も、柳川さんが朝食を用意してくれた。先に起きていたらしい秋穂お姉さんが柳川さんといっしょにベーコンエッグの乗ったお皿を並べている。

いつの間に仲良くなったんだろう、最初に会った時はそれほど気が合うようには見えなかった。見えなかったけど、お姉さんは人付き合いのうまい人だから、ぼくの知らないうちに柳川さんとも和解してたのかもしれない。



「案外お似合いよねえ。同じ年くらいでしょあの二人」麗亜さんが二人に聞こえないように言った。やっぱりぼく以外にも二人の距離が縮まったことに気付いてる人はいたみたいだけど、麗亜さんの言葉に反応する人はいなかった。創也は相変わらずなにか考え込んでいたし、神宮寺さんは朝が弱いのか、ぼんやりとした表情のままだったし、その時ジュリアスは飲み物のおかわりを取りにいっていた。




「うわ!」




突然、ジュリアスの悲鳴が響く。ジュリアスの方を向くと、ジュリアスは冷蔵庫の前で、茶色の液体が噴きだすビンを持ってあわあわと慌てていた。

天井に届きそうなほど吹きでる液体は、数分間あたりに甘いにおいをまき散らしてようやく止まった。甘いにおいの液体でびしょぬれになり、呆然としていたジュリアスだったけど、ゆっくりと視線をおとし、ビンに黒いペンで書かれた『爆死』という字を見た時はもう涙目になっていた。


「なんだ今の?コーラか?」
「匂いからすると、そうでしょうね」
「振ったから噴き出た、なんてもんじゃなかったぞ」
今ので目が覚めたらしい神宮寺さんが、天井に少しかかったコーラを見て言う。どことなく、神宮寺さんも呆然としながら、ビンに書かれた『爆死』の文字をおこったような目で見ていた。ジュリアスがおそるおそる口を開けた。


「……見覚えのないビンがあったから、なんだろうと思ってふたを取ったら、いきなり……」


ぼくは転がったビンのふたに目を向けた。分かりにくいけど、ふたの裏に針金でなにかの細工がしてある。
「ふたを開けたらなにかの薬品がビンの中に落ちる仕組みだね」
秋穂お姉さんも細工に気付いたのか、解説してくれる。さすがイタズラ女王様、細工の正体をなんなく見破った。


コーラまみれになった衝撃とゲーム失格になったショックで、ジュリアスの声はふるえていた。


「これも、罠?」


ぼくらはあいまいに、首を傾げるような動作しかできなかった。









*****










朝食がおわって、それぞれがそれぞれの場所へ散る。


「ねえ、この絵……不思議だと思わない?」


廊下を進んだところで、秋穂お姉さんが指さした壁に並んでいるのは、A5サイズの小さな絵で、白い紙に黒い線が何本かひかれてる。そんな絵が十枚。なかの一枚だけ、線のほかに赤い●がえがかれている。十一枚目、一番左端だけふつうの女の子の絵だ。

秋穂お姉さんは壁から絵を外す。手際よく裏ぶたを取って額から絵を取り出していた。
「なにこれ、フィルム?」ゆっくりと絵――のようにみえた透明フィルムをつまむと、ぴらり、と軽い音をたててフィルムが揺れた、その瞬間、ぼくの頭に電流が走った。


「解けた!」


ぼくはさけぶと、創也に、創也の口調をまねて指示を出す。


「はやく、額から絵を外したまえ!」


ぷっ、と横にいた秋穂お姉さんが吹き出した。

「似てる似てる」秋穂お姉さんは笑いながら、創也はむすっとした顔で次々に絵を外す。

関係ないと思われる、十一枚目の女の子の絵をのぞいて、十枚。そのフィルムを重ね合わせると――

「これは……」

「そう。この館の一階部分の平面図だ」

「なるほど、セル画だったわけ」
セル画がなにか、よくわからなくて秋穂お姉さんに返事ができなかったけど、秋穂お姉さんは気にした様子はなく、完成した平面図の●の部分を指でつついた。

「これが『お宝』のマークかな?ここ応接室だよね。行ってみる?」

秋穂お姉さんの顔を覗き込むと、いたずらをする前のような楽しそうな表情を浮かべていた。


「……もちろん!」

「元気だねえ、男の子は」


律儀にてきぱきと絵を元のように戻す秋穂お姉さんを手伝ってから、ぼくらは目的地、食堂の暖炉に向かった。


「……大正解!」


炉床という、薪を積んで火をたくところの薪をよけて、積もった灰をかきわけると、出てきたのはすこし大きめのCDケース。

ぼくは、ケースの灰をきれいにふきとり、ふるえる手でふたをあけた――。


ところが、中からでてきたのは、「おしい!」と書かれた紙が一枚。


「えーっと……」

「……っぷ、あはははははは!!!ひぃ、ビンゴだって!!ビンゴ!!!その結果が、これ!!!」


ことばのないぼくを見て、秋穂お姉さんが、遠慮なく笑った。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ