ほんとを見て

□内緒話はできない
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秋穂が館に入り浸るようになって数ヶ月。最初の頃は渋い顔をしていた神宮寺だったが、そこは秋穂、すぐさま麗亜を味方に付けて先手を打ってきた。

リーダーが部外者たる秋穂を受け入れるようになって数週間。ゲームの制作が佳境に入ったら問答無用で叩き出すということを条件に秋穂は館の合鍵を貰った。


しかし、隠し部屋である制作室への出入りは禁止されていることは理解していた。

ゲームにそれほど興味があるわけではないのでそれはいい。興味ないなら来るなと柳川は顔を曇らせていたが――その時に感じた秋穂の怒りを代弁するように麗亜が柳川の頭をひっ叩いていたので溜飲は下がった。

歓迎派に姫がいるとあってはもう何も言えなくなったのか、神宮寺は、勝手に居座り始めた秋穂を黙認することにしたらしい。

それでも、情報の流出を警戒してか、必要以上に彼が秋穂に話しかけることはなかった。
が、この日は違った。
「よう」館にあった美術雑誌をリビングのソファで捲っていると、すぐ隣に神宮寺が座り、一瞬面食らった表情を見せた秋穂だったが、すぐに姿勢を正して神宮寺を見上げる。


「そう固くなるなよ、ちょっと聞きたいことがあるだけだ」普段であれば、適当に理由をつけて会話を打ち切っていたかも知れない。だが逃げ切れる相手かどうか、考えなくても答えが出るものに余計な反抗をする気はなかった。


「私にですか?」

「うん、君にだ。レディのお時間を頂いても?」

「私に答えられることであれば」


応対だけは柔らかく返す。生まれつきの猫かぶりはこんな程度で崩れない。神宮寺は彼女の素を知っているはずだか、それはそれこれはこれ。

神宮寺の言葉を待つ秋穂に、神宮寺は、珍しく真剣な表情を作って口を開いた。



「実は……」
ジュリアスは学校。麗亜は仕事の打ち合わせ。柳川は自室でパソコンを叩いているはずだから、リビングには他に誰もいないのに、神宮寺は声を潜めるようにした。自然と、秋穂も緊張して表情が険しくなる。時計の針の音がいやに大きく聞こえていた。
「ウイロウ――柳川君の事だ、君にしか聞けないことがある」


ふぅと息を吐きながら秋穂の肩をとんとんと指で叩く。


「そう……ですか」


それで、その聞きたいことというのは?

秋穂が目で問いかけたのを察し、神宮寺は神妙に頷いた。


「ウイロウは、大学でうまくやってるのか?」

「えっ――あ、はい、ゼミの人たちとはそれなりに付き合いがあるはずですけど……?」

「喧嘩とか問題とか起こしてないか?」


問題、といえば、秋穂と柳川が邂逅を交わしたあの事件が問題といったら問題ではあるが。特にそれ以外では問題を起こしていたという記憶も無い。秋穂はこくこくと頷いた。


「……そうか〜……、うん、それならいいんだけどな……」


ため息交じりにうんうんと頷く神宮寺。一拍おいて、秋穂は自分でも驚くほど素っ頓狂な声を出した。


「聞きたい事ってそれですか!?」

「保護者としては気になるだろ」

「ほ、ご……」


成人しているのに言い得て妙だが、なるほど、三十代の神宮寺から見れば一回り年の離れた柳川は親戚の子どものようなものか。柳川本人は嫌がりそうであるが。


「……確かにこだわりの強い方ですけど。普段は真面目に講義も受けていますし、目立って問題はないですよ」

「本当か?誰かに怪我させたり、喧嘩したり、色々とやばいことの証拠隠滅してたりしてないか?」


なんて信用の薄い保護者だろうか。


「現に君も、しょっちゅう……ほら、首に……」
言い辛そうにしているが、さりとて秋穂はその件については気にしていない。どう答えようと、そのまま口を閉じて神宮寺の方を見ていた。

彼はごまかすような笑みを浮かべている。
長い足を組んで、その組んだ足の先を揺らしている。電気の光が彼の顔を照らし、高い鼻が、整った顔に影を落としている。女性の多くは彼の顔を見つめるだろう。それこそ目の保養とばかりに。


「私はいいんですよ。……というか、ほとんど私が焚き付けていますから。この件に関しては彼に非はありません」


その言葉を、どう受け取ったのか知らないが、神宮寺はそうか、とひとつ頷いてソファから立ち上がった。


「邪魔したな」

「……あ、待ってください。よろしければ、私からもひとつ、質問させて頂いていいですか?」
「うん?」


「神宮寺さんと彼は、いつからのお付き合いなんですか」

「そんなに昔じゃないぞ。……うん?いや、あいつが学生の頃からだったからもう五年は経ってるのか、やだねえ、年を食うと時間の流れが早くなっちまって」


五年、というと少なくとも柳川が中学生の頃すでに知り合っていたのか。
そりゃあ可愛がりたくもなるだろう。秋穂が親戚である内藤内人を構い倒したくなるのと同じだ。


「中学校の頃の彼、どんな学生だったんですか?」

「聞きたいか?言っておくが相当長くなるぞ」

「どうぞ」

「伊坂君」


かぶせるように神宮寺は言う。今にも正座に姿勢を正して語り出しそうとしているように。


「なんでしょう」
「あいつのこと、よろしく頼むな」
えっと一瞬詰まった。神宮寺の声が真剣だったから。そんなことを頼まれるほど認めて貰えていたのだろうかと、意外だったのだ。

顔に驚きが出ていたのだろうか、神宮寺の笑顔が苦笑に変わった。


「仲間の友人や恋人を邪険にするほど薄情じゃないぞ、俺は」

「……それでも、なんとなく、邪魔に思われているものと思っていました」

「悪いが、どうしたってライバル様の身内だと警戒はしちまうから、最初はな。けど姫とジュリエットに怒られてなあ」見方を改めたよ、と神宮寺は肩を竦めた。


「それに、ウイロウが本心を出せるのは、君の前だけだろ?……だから、よろしく、だ」


秋穂ははにかんだ笑いを返した。作り物の笑顔でなく、心からの笑顔だったと思う。神宮寺もそれが分かったのか、年上の顔になって、くしゃくしゃと秋穂の頭をかき混ぜた。

ふにゃあっと笑顔がひろがる。子ども扱いされるのは久々だ。


「なにをしている」


低い声が降ってきた。秋穂が振り向くと、腕組みをした柳川が立っている。


「いやあの、違うんだウイロウ、なにかお前は勘違いをしている」


大げさなほど焦って、神宮寺はぶんぶんと手を振った。すすす、と秋穂から距離を取る。

冷たい目でそれを見て、柳川は秋穂のほうに視線を向けた。

大学生たちの視線が交わる。


「俺に黙ってなにしてるんだ」


柳川の怒りを押し殺した声。「うわあぁ、独占欲ここに極まれり・……」


神宮寺が、口を挟んだ。
それに対して、殺気を濃くする柳川。
「そんなものじゃない。女に手が早い上趣味が悪い男が、知り合いに手を出してるんだ。止めるだろう普通」

「女に手が早いとは失礼だな。礼儀として声を掛けてるだけだ」
「趣味が悪いってさりげなく私もディスってんじゃないよこの」
「本当のことだろうが」


むすりと柳川が答えた。拗ねたようにも聞こえる。


「話し声が聞こえたから降りてきてみれば……油断も隙もない」

「…………」


不機嫌を隠そうとしない柳川とは対照的に、神宮寺が少しからかうような声でいう。


「その態度が、もう独占欲丸出しなんだけどな――」


じろりと柳川が睨むが、神宮寺は意に介した様子はない。
「安心しろって、仲間の恋人に手を出すほど落ちぶれちゃいないさ」
「信用ならん」
なんて信用の薄い保護者だろうか。秋穂は再度、神宮寺と柳川の関係を思って溜息をついたから、柳川の冷たい視線がまた秋穂に戻ってしまう。


「なに、ひろくんやきもち焼いてるの?」


甘えた声で言えば、無言で柳川が秋穂の頭を叩く。痛い、と抗議をしつつ、秋穂は肩を竦めた。反撃しないまま、静かにそおっと怒りが抜けきらない柳川の手を取る。



「浮気なんてしてないわよダーリン、安心して、今のは中学時代のゆきちゃんのお話を神宮寺さんから聞き出そうとしてただけだから」

「俺に黙ってなにしてるんだ……」



さっきと同じ、しかし大分脱力した口調で柳川が言った。



「だって普通に気になる、どんな子だったわけ、実際」

「うるさい」



つっけんどんに返してから、柳川は秋穂の腕を掴んで階段の方に向かった。自室に連れて行く気らしい。

これはまた彼女の首に痣が増えるな、と神宮寺は苦笑する。


大変だなと思いつつ、止めはしない。当人達が納得しているならいいのだろう。神宮寺は一つ欠伸を零して、脳天気にリビングのソファに寝転がった。















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あとがき。
中学生の時の柳川さんとか妄想広がり過ぎてヤバイです



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