ほんとを見て
□七位の戯れ
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七位か。いいのかわるいのかよく分からない。
ラジオから流れる星座占いに、秋穂は舌打ちした。たまに聞く星座占いでは、大体最後から数えた方が早いくらいの順位の結果になる。全体的に運はそんなによくないのかもしれない。
素晴らしいなと思っている人が身近にいるなら、あらためてハッキリと褒めてください。ふたりの間が温かさで満たされるでしょう。……か。
占いの内容を反芻しながら、秋穂はちらりと同じ部屋に居座っている男に目を向けた。
「ゆきちゃんってさあ」
グラフィック作品うまいよねと頭に浮かんだ賛辞を口にしてラジオを切る。回転式のいすをくるうりと回して柳川を見れば困惑に似た表情が浮かんでいた。
大学の廊下を歩いていたとき、彼の名前が入っていた作品が張り出されていたときのことを昨日のことのように思い出す。他人に興味のない秋穂が柳川の作品を覚えているのはその時見た作品がひときわ目を引いたからだ。秋穂はデジタル作品は不得手なので特に印象に残っている。秋穂でなくても柳川博行の名前なら学内で知っている人は多い。知ってるだけで顔は知らないと言う人も多いが。それほど、柳川の作品は他人に評価されている作品なのだ。
「今のうちにサイン貰っていい?」
「なにを企んでる」
柳川はしばらく疑わしそうに秋穂を見ていたが、ただの軽口だと判断したのか、すぐに自分のパソコンに向き直った。
「秋穂は小物を作る才能があるだろう」
振り向かずに言われた言葉に、秋穂はぱちくりと目をしばたかせた。
「初めてゆきちゃんに褒められた気がする」
「褒めるところがないからな」
そう言われて、秋穂が柳川の椅子に近付く。
「パソコン持って出てけ」
柳川は、瞠目した。
「失言だった。他にもある、水彩画がうまい、水墨画も。あんな作品は、俺には作れない」
「作品以外には」
面倒なことになった、と柳川の雰囲気からそう思っているのは伝わってくるが、秋穂は構わず腕を組んで仁王立ちした。
「……悪知恵が働く、人に取り入るのがうまい、猫かぶりがうまい。それから、あー……」
思いつくものがなくなったのか、柳川はがしがしと頭を掻いて椅子の背もたれに体重をかけた。前に回った秋穂が柳川の困っている顔を楽しそうに見下ろしている。本当に他人をおちょくるのが大好きな性格だ。
「それから」
ぐい、と秋穂の腕が引かれる。バランスを崩して、秋穂は跨がる形で柳川の膝に座った。
「反吐が出るほど強かだ」
「褒めてるのぉ?それ」
「お前にとっては褒め言葉だろう」
「ご尤もだわ」
秋穂が、柳川を見下ろす。でも、自分が望んでいた褒め言葉とは違う――彼女の目が、そういっている。
柳川は、黙って秋穂を見ている。
「……褒めてくれたお礼に、私もゆきちゃんの好きなところ、教えてあげようか」
にやりと秋穂は口の端を上げて笑う。
「作品作りに対して真摯なところ。気を許した人に対して面倒見がいいところ。料理が上手なところ。意外と真面目なところ。それから」
秋穂の細い指が、ぐしゃぐしゃになった柳川の髪を梳いた。
「私を殺してくれようとするところ」
あからさまな挑発の言葉に、柳川は顔を顰める。そして、ひとつ溜息を吐くと、降りろ、と秋穂の肩を押した。
「自分が引っ張ったんでしょお!?」
柳川が挑発に乗らなかったからか、秋穂は機嫌を急降下させて柳川の左頬をひっ叩いた。残念ながら、体勢が悪く、威力は出なかったが。
「毎度毎度、挑発に乗ると思うなよ」
不敵に笑った柳川は鼻を鳴らした。柳川は秋穂を無理矢理膝から降ろし、パソコンに向き直った。その横で、秋穂は呆れたように息を吐く。
「あんた本当に猫みたいよね」
不機嫌な秋穂。
「お前は狐だな、女狐」
柳川の反撃。
「その減らず口が絶えないところは嫌いだわ」
何が占いだ。何が温かさで満たされるでしょう、だ。極寒だわ。
「あーあ、あんたも同じクリエイターなら、うちの内人みたいに素直(で単純)だったらよかったのに」
秋穂はソファの方に歩いて行きながら、ぶつぶつと文句を言う。
「いや、でもある意味素直なのか……そうじゃなくてもっと可愛げを、」
ソファに座って、背もたれにだらりと背を逸らしながらもたれて、顔を天井に向けた秋穂は、思わず言葉を切った。
ソファのすぐ後ろに柳川が立っている。秋穂と一緒に移動してきていたらしい。
「な、なに、びっくりした……気配消して近付かないでよ、って、ちょっと?」
ソファの背もたれ、秋穂の顔の両脇に柳川の手が置かれる。雰囲気から、柳川の機嫌が悪くなっているのが分かる。
「……お前は本当に、人を煽るのがうまいな。口が過ぎると、身のためにならないぞ」
以前、柳川をからかいすぎて、本気で怒らせたことがあった。彼らのゲーム作りをネタにしてからかうのは禁物、とその時に学んだことを思い出す。
「え、ちょっと待って、今のはどこで怒ったの?クリエイターのとこ?」
「違う」
「他に怒るところあったっけ?」
本当に分からなかったので、素直に聞いてみたものの、柳川の眉間に皺が一本増えるだけにだった。
秋穂も、程度は弁えておきたいので、他人の地雷は把握しておきたいのだが。
睨むように見下ろしてくる柳川と天井を見ながら、秋穂は自分の行動を思い出す。殺してくれる、と挑発した。これはいつものこと。頬を叩いた。これもいつものこと。嫌い、と言ったのは初めてだった気もするが、軽口なのは分かっているだろう。あとは、内人の話題を出したこと。
栗井栄太とあの中学生達はライバルだというから、それを引き合いに出されたことが気に入らなかったのか。
「……もしかして、内人の名前が出たから怒ってる?」
核心が持てず、おそるおそる聞けば、無言が返ってきた。肯定と受け取る。しかしライバルとはいえ自分のかわいい身内が柳川の地雷だとは。今後会話に気をつけなければいけない。面倒だなあと思いつつ、ごめんと軽く謝る。謝りつつも、するりとソファから立ち上がって柳川から距離を取る。
「相手はまだ中学生なんだから、少しは余裕を持ちなさいよ」
「……すぐ成長するぞ。子どもは」
「じゃあ栗井栄太は倍成長するくらいの意気込みを持てばぁ?」
「は?」
素っ頓狂な声が柳川から上がった。
「なんで栗井栄太の話が出てくるんだ?」
「ゲーム制作の話でしょ?」
柳川が頭を抱えた。と思ったら今度は片手で顔を覆って、ずんずんとさっきまで座っていたパソコンの椅子に座った。怒ったようにキーボードを叩く音が響く。
「ちょっと」
「うるさい」
唐突に切り上げられた軽口の応対に、秋穂は首を傾げる。
まあ、柳川が前振りなく機嫌を悪くするのはいつものことだし、と秋穂は諦めて柳川に構うのをやめた。
このことを麗亜に話して、「まだまだ青いわねえ」と意味ありげな微笑みを向けられるのは、また別の話。
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あとがき。
嫉妬に気付かない