過去拍手

□大谷夢 平安パロ 2017年1月3日~8月2日
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大谷夢 平安パロ


酷く穏やかな午後だった。
春特有の生暖かい風が頬を撫でる。

今日は特別に参内しないとならぬわけでもなく、ぼんやりとしながら暇を持て余していた。

友人である三成のように山ほど縁談があればいくらか時間も潰せよう。
だが、われは常に包帯を巻いている姿ゆえ、うら若きおなごが好む姿でもなし、例え太閤に仕えている身でも親も斯様な男に娘をやるのは気が引けるであろ。


「刑部」


すると部屋に三成が入ってきた。

「先ほど、秀吉様のご命令で金吾の元へ行ってきた」
「さよか…ぬしには金吾の姉との縁談の話があったな。縁談はまとまったか?」


そう言って笑うと、三成は少しばかり眉間に皺を寄せた。


「私は秀吉様に従う。秀吉様があの者を妻に、と仰れば私はあの者と生涯を共にする」
「ヒヒッ…ぬしらしい事よ…」


金吾は太閤に恭順の意を表している。
ならば三成はその娘を気にいるだろう。


「そういえば、貴様宛ての文を預ってきた」
「文とな…?」


その文とやらは咲きかけの桜がついた木に結ばれていた。


「金吾の二番目の姉からだそうだ」


文を桜の木からとり、広げて見ると
自らの目を疑った。


「なんぞ…これは…」


手紙には美しい字で和歌が書かれている。


『君ありと聞くに心を筑波嶺の
 みねど恋しきなげきをぞする』


物語からとった和歌…
それはまごう事無く恋文であった。

恋文など全くもって面倒な…

文を静かに折り直し、角へ置いた。


「返事は書かぬのか?」


三成が尋ねる。
律儀な者だ、目の前で返事を書き、出さねば気が済まぬのであろ。


「まちやれ…今書くゆえ」


そこらへんにあった紙に


『人違いではないか』


と書いて使用人に渡した。




それからしばらく三成と話していると、手紙を預けた使用人が帰ってきた。


「あの…大谷様…」
「どうした?」
「金吾様の姉君様がお見えです」
「……」


衝撃を受けつつ、客人に会わずに帰すわけにもいかないゆえ客間に通した。


「やけに積極的な女だな」
「…暫く席を外す」


三成に一言言い、客間へ向かうとそこには既に御簾ごしに金吾の姉らしき女が座っていた。

われも御簾ごしに向かい合って座ると女が口を開いた。


「…大谷吉継様で御座いますか?」
「左様…ぬしは…」
「小早川秀明の姉で御座います。それで…大谷様」


嬉々とした声の中に僅かに憂い漂わせている。


「文は…きちんと御覧になっていただけましたか?」
「あぁ…ぬしこそ、返事は読んだのか?」
「えぇ、見ましたとも。あれはどういう意味です?」
「そのままよ。ぬしはわれを誰かと間違っているのではないか?」
「そんな訳ありませぬ。私は間違いなく、大谷様に文をしたためました」
「姿も見ず評判のみでわれに惚れ、恋文を送ってくるおなごなど…」
「ここにいるではありませんか」
「われが世間でなんと言われているのか承知の上でか?」
「勿論で御座います。私は大谷様の評判も、今おききした御声も、未見ぬ御姿も…全て愛おしい」


この女は…狂っているのだろうか?

われの事をこんなに思うおなごがいるものか。


「それに私は人から言われて殿方に嫁ぐ気は毛頭御座いませぬ。私は私の好いたお方に嫁ぎたいのです」
「なんと…ほんに変わったおなごよ」
「ふふ…」


そういうと女は静かに笑い声を漏らした。
鈴を鳴らしたような笑い声からは女の持つ品の良さがうかがえる。


「私は繕い物も出来ますし、楽器だって人並み程度に出来ます。大谷様の妻となるのに不足は無いかと存じます」
「ヒヒッ!斯様に己を売り込むとは…愉快なおなごよ」
「どうしても貴方様と共に在りたいのです」


われに嫁ぎたいが為に屋敷に乗り込み、われを説き伏せるとは…

最早呆れを通り越して愛おしいさまで感じることよ。


「あいわかった。ぬしの思うままにしてやろ」
「…え?」


こんなに早く良い返事が貰えるとは思っていなかったのだろうか。
御簾の向こう側で素っ頓狂な声を上げている。


「ぬしをわれの妻にしてやると申したのよ」
「え、あ、あの…」
「やれ、われをその気にさせておいて断ると申すか…カナシイ、カナシイ」
「え、ちが…だって強引に来てしまいましたから…もしかしたら厭われていらっしゃるのかと…」


でも、嬉しいと呟いた声のなんと愛らしい事か。


「妻にすると申したからにはもう離さぬ。よいか?」
「か、構いませぬ!一生ついて参ります!」


御簾の向こうでは未だ姿の見えぬ女がはしゃいでいるのだろう。

その美しい声色にわれも胸を弾ませた。


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