コラソン×ロー

□愚か者たちの歌
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 酷い頭痛だと思った。

 吐き気まで催す頭痛にローは目を閉じたまま頭に手をやり、深いため息を吐き出した。

 何も飲みすぎた訳ではない。

 自分でも帰りが遅かったとは思ったが、まさか口論になるとは思わなかった。

 いや、ローが一方的に捲し立てただけである。

 感情が爆発したのだと思う。

 今までずっと感じていた思いが、次から次に出ただけだ。

 薄暗い部屋は明かりもなく、開けた視界に映ったのはヤニで汚れた天井だった。

 いつもは隣にある温もりがない。

 傷つけてしまったのだろう。

 一緒にいる時は必ず揃って眠っていたベッドも、今はロー1人分の重さだけを受けていた。



「仕方ねェだろ…」



 怖かった。

 変わりない愛情をずっと自分だけに注ぎ続けるコラソンが。

 幼い頃はまだ素直に受け入れられていた愛情も、成長した今のローにとって、それは重すぎるものになっていた。

 悪気がないのは解っている。

 だからこそ性質が悪いのだ。

 言葉を選ぶ余裕なんてなかったし、かといって一度口から出はじめた言葉は止まることを知らなかった。

 幼い頃に失うはずだった命をコラソンに救われたロー。

 世界から逃げるように共に暮らしていた2人だが、見逃すことにしたらしいドフラミンゴや海軍の恩典によって日の目を見ることが出来た。

 これでもう自由だと、共に笑い合ったことが遥か昔のように感じられる。

 あの日から変わった生活は、何一つとして不自由も不満もない暮らしだった。

 幸せだったと思えるのは、まだ与える側の立場にない幼い自分だからだろう。

 では、今は?

 今は幸せでないと言えるのか?

 答えは否だ。

 他人から見れば、何を贅沢な悩みだと思われるだろう。



「クソ…ッ…」



 何よりもローを優先にして生きているコラソン。

 ローもその想いは痛いくらいに感じている。

 だからこそ辛かった。

 コラソンから与え続けられる愛情に、どう接していいのかローは解らなかったのだ。



「おれはもうガキじゃねェんだ、1人で何でも出来る」



 きっかけは何だったか。

 遅い帰宅にローの帰りをずっと待っていたコラソンが、過保護すぎる心配を見せていた。

 上着を脱がせてソファへ誘うコラソンに、ローはうんざりしたように告げる。

 ローの身の回りの世話は全てコラソンがしている。

 たまには何か手伝おうとローが動いても、危ないからだとか、休んでいろだとか、コラソンは笑いながらそう言って家事を全てこなしていた。



「先に寝ればいいだろ? おれがいなきゃ寝れねェ訳でもなし」



 伸ばされたコラソンの手を、ローは振り払った。

 テーブルの上にはまだ手の付けられていない夕食が見える。



「何で飯、食ってねェんだよ…」



 今日は遅くなるからと、ローは確かにコラソンに伝えたはずだった。

 1人で出かけるのを渋られたローだが、何とかコラソンを宥めて外に出た。

 どうしても1人になりたかったのだ。



「あんたは、いつもそうやって…」



 いい加減にガキ扱いするのを止めろとローは言うが、コラソンは何と返してきただろうか。

 屈託のない笑顔を見せながらいつものように頭を撫でようとしてきたコラソンに、拒絶を表すようにしてローは再びその手を振り払う。

 一瞬だけ驚いた表情を浮かべたコラソンだが、柔らかな笑みを浮かべながらローを抱きしめた。

 ローの身体が震えていく。

 いつだってこうだ。

 コラソンは与えるばかりで受け入れようとしない。

 一方通行の愛情に、ローは耐えられなくてコラソンを突き飛ばした。



「もう、うんざりだ! あんたはそうやって、いつもおれを縛りつける!」



 コラソンが落ち着かせるようにローの名前を呼ぶ。

 だが、感情の高まったローは言葉が止まらなかった。



「重いんだよ、コラさん。いい加減に気づけよ」



 与えられたはずの自由が、いつの間にかコラソンによって奪われている。

 もう一方的な愛情などいらないし、押しつけてくれるなと、そう怒鳴ったローの手をコラソンが掴まえた。

 コラソンの手が微かに震えていたことに気づく余裕など、今のローにはない。



「離せよ! しばらく1人でいたい。息が詰まるんだ」



 きつく振り払ったローの手を、コラソンが掴まえることはなかった。

 あれから寝室に籠ったローは頭から布団を被った。

 一切の音を耳に入れたくなかった。

 気がつけば、日付はとっくに変わって今に至る。

 閉めきられたままの厚いカーテンは、その隙間から微かにオレンジ色の光を部屋に届けていた。

 身体を起こしたローはベッドに座ったまま動かず、開かれることのない扉を見つめた。

 冷静になった今では、あそこまで酷い言い方をしなくても、もっと他に別の言い方があったのではないかと思える。

 痛む頭を両手で抱えながら、ローは膝に顔を埋めた。



「解んねェよ…」



 どす黒く渦巻くこの感情の意味なんか。

 ただ、逃げたかった。

 それに、解ってもらいたかった。

 与えられるばかりでなく、自分だってコラソンに愛情を返したかったのだと。

 けれど、どうすればいいのかだなんて、もうローには解らなかった。



「チクショ…」



 ローは昨日コラソンを思って買った小さなプレゼントの包みをポケットから取り出し、怒りをぶつけるように勢いよくそれを扉に向かって投げつけたのだった。










END

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