ドフラミンゴ×ロー
□一寸先は闇
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決着などつくはずもなかった。
力の差は歴然としていたが、そういう問題ではない。
気づかされた。
互いに憎み合い、それでも惹かれて仕方がないのだと。
赦すつもりなどない。
認める訳などいかない。
それでも、一度気づかされてしまったこの想いに、決着をつけねばならなかった。
赤く染まる視界の中、最後の力を振り絞って能力を最大限にまで引き伸ばし、そして2人は人々の前から消えた。
「フッ、フハハハ! 驚いた。こいつは傑作だ!」
力を失って倒れ込むローを抱き止め、ドフラミンゴが大きな口を開けて笑う。
一瞬にして人の気配が消えた。
蒼白いサークルに包まれた時、ドフラミンゴもまた同じように能力を使った。
次の瞬間には荒い呼吸を繰り返しながら自分に倒れ込むローによって、ドフラミンゴは見知らぬ土地に2人揃って飛ばされていた。
見聞色の覇気を使ってこの訳の解らない土地の隅々まで調べてみたが、人間や小人たちの気配は一切ない。
感じるのは植物と小動物の気配だけだった。
目的の為には手段を選ばない。
同じ考え方を持つ2人だが、ドフラミンゴはローを甘いと思う。
詰めが甘いからこういう結果になるのだ。
頭は良いのに馬鹿である。
目先の事に囚われすぎて、その後の事を考えていない。
シミュレーションが出来ていない。
基礎は叩き込んでいたはずだが、ローはまだまだ世間を知らなすぎると、ドフラミンゴは思った。
今のローの考えなど、ドフラミンゴは手に取るように解る。
全てを失ってまでして手に入れたかったもの。
力が欲しかった。
何にでも対抗の出来る大きな力が。
「フッフッフ。こんな所におれを連れてきて、どうしようっていうんだ?」
巨大な力は畏怖されるが、誰もが憧れるものだ。
その力を少しでも削いでやったのだから、ローは心地が好かった。
「殺してやる」
掠れた声で伝えると、ドフラミンゴの笑い声が大きくローの耳に響いた。
幼稚な言葉だ。
言葉と態度が全く違う。
「ロー。お前におれは殺せねェ」
今にも腕の中で気を失ってしまいそうなローの耳許で、ドフラミンゴは低く囁いてやる。
ただ殺すのが目的なのであれば、あんな能力で体力を使わずにあのまま戦いを続けていた方がまだ勝算はあっただろう。
1対1では勝てる見込みがない事は身をもって知ったはず。
「残念だな、ドフラミンゴ。お前を殺せるのはおれだけだ」
それなのに勝ち誇ったような笑みを浮かべるロー。
「全て…、奪ってやる…」
いよいよ力が抜けて倒れ込んでくるローを抱きしめ、ドフラミンゴは笑みを浮かべたまま舌なめずりをした。
遥か上空で色鮮やかな鳥たちが飛び交っている。
空は何処までも青く広がり、湿った風が微かな海の香りを運んできた。
その香りに混じって鼻に届く鉄と生臭い香りに、ドフラミンゴは顔を顰めながら自分の着衣を赤く染めていくローを見つめた。
致命的となる大きな傷口からドクドクとローの赤い血が流れている。
ドフラミンゴは指を曲げて糸を使い、その傷を一時的に塞いでやった。
荒い呼吸は時間が経つにつれて穏やかな呼吸に変わってくる。
ドフラミンゴはローを担ぎ上げて足を踏み出した。
血溜まりは土に吸収されてその色をどす黒く変えている。
養分になどなりはしない。
全く無意味なものだと、ドフラミンゴはそう思いながらサクサクと足音を立てて、この土地がどのような場所なのだろうと辺りを見渡す。
時間を置き去りにしたような土地は人の痕跡すらなかった。
小高く盛り上がった森の中に入れば、中は果樹園の宝庫で、様々な動物たちが暢気に暮らしていた。
湖の水は澄んでいて、この土地の生の源となっているのが解る。
船が寄りつかないのは此処があまりにも小さな島で、海図にすら載っていないからだろう。
忘れ去られた楽園。
この島が何処にあるのか解らないが、可能な限り調べた範囲で人間の存在を感じなかったのだから、かなり遠くに飛ばされたのだろう。
たった一度のサークルが自分自身の許容範囲を超える大きなものだから、ドフラミンゴもこの場所が解らないし、ローも力尽きて倒れている。
大体の場所を見回ったドフラミンゴは、湖の前に戻ってその場所に腰を降ろした。
ローを隣に横たえてドフラミンゴは湖に向かい、所々を赤く染めた白いシャツを脱いで水の中に浸した。
冷たい水が火照った身体に気持ちよかった。
シャツで身体を拭いて汚れを落としたドフラミンゴは、もう一度シャツを水に浸ける。
滲み出た赤が、湖をほんの少しだけ染めた。
緩く絞ったシャツでローの顔や身体を拭いてやると、シャツは真っ赤に染まっていく。
上半身を全て拭き終えてローを見つめていると、薄く開いた目がドフラミンゴの姿を映しはじめた。
傷口は塞がれ、新たに肌を血で染める事はなかったが、身体に走る激痛でローは上体を起こせずにいた。
手当てされた身体に無茶苦茶な縫合の仕方だと、そう思いながらそれを直そうとはせずにローは口を開く。
「…殺せよ」
動かない今の身体ではドフラミンゴに止めを刺せない。
穏やかな口調で伝えてくるローの言葉に、ドフラミンゴは彼を見ながら否定の言葉を伝えてやった。
「殺さねェよ」
いつでも出来るのだから、別にそれは今でなくとも良いとドフラミンゴはローに伝える。
それを聞いたローの口許が微かに笑みを浮かべた。
初めからドフラミンゴの出す答えなど解っていたかのように。
挑発するような目つきで殺すように促してやっても、ドフラミンゴは身動きしないでいた。
いい気味だと思う。
このままずっと、これからもずっと、自分だけに振り回されていればいい。
国はドフラミンゴの手から解放してやったのだ。
自分が生きている限り、ドフラミンゴが暴動を起こす事はない。
死ぬ時は何がなんでも道連れにしてやると、ローが笑みを深いものに変えた時、ドフラミンゴもまた嘲るような笑みを浮かべた。
「空の道を使って、おれがここから去るということは考えなかったのか?」
ドフラミンゴにそう言われて、ローはしまったという顔を一瞬浮かべる。
それに気づいてすぐに表情を戻したが、人の事を見通すドフラミンゴには気づかれてしまっただろう。
「動くことすら出来ない今のお前を殺すのも、お前を置いてこのままここから去ることも、おれには出来る」
だからこの行動は意味がなかったと笑うドフラミンゴに、ローは悔しそうに眉を寄せた。
「煩ェ…。逃げ出すというのか? お前が?」
それでも出来るだけ平然を装って、ローはドフラミンゴを挑発してやる。
「フッ、プライドの高いお前なら、その言葉ひとつでこの地に留まるんだろうが、生憎とおれはそんな拙い挑発には乗らねェ」
覗き込むように顔を近づけながら最終宣告してくるドフラミンゴに、ローはサングラスの奥に見える楽しそうに歪められた目を見つめた。
「ロー。お前はおれに生かされているんだ」
昔も、今も、これからも。
生きる目的が自分自身の生であるというのなら、ドフラミンゴを殺した後のローの行動など解りきっていた。
光を失った目など見ていられない。
所詮、ローの望む自由など、心にドフラミンゴが存在する限り無に等しかった。
歪められた唇に試すように一度軽く己の唇を触れ合わせてやると、何の抵抗も見せないままローはドフラミンゴのキスを受け入れた。
「フッ、欲しかったんだろう? おれが」
手に入れる事で全てから解放されるような気がしていた。
決定的なドフラミンゴの言葉に、ローは何も言わないまま唇に綺麗な笑みを浮かべる。
赦すつもりなどないが、与えてくれるというのなら、認めてやってもいいとローは考え直す。
巨大な力は畏怖されるが、誰もが憧れるものだ。
だからローはドフラミンゴを手に入れたかった。
いつからか抱いていた想いに、それが叶うのだと思うとローの胸の内が震えてざわついた。
「だが、お前の行動は浅はかだ」
咎めるようなドフラミンゴの言葉に、ローの笑みが消える。
何について言われているのかすら解らない。
ドフラミンゴは自分の言葉でころころと表情を変えるローを、面白そうに観察していた。
「当事者が2人も姿を消したとなれば、どこにいても上はおれたちを捜しだそうとするな」
突きつけられた答えに、ローは唇をきつく結ぶ。
「それともお前は、おれと2人でどこかに身を隠したかったのか?」
そんなのは御免だと笑うドフラミンゴに、ローの頭に血が上った。
大切な思い出を汚されたような気がした。
赦すつもりなどなかったが、やはり今まで以上に赦せないと、ローはドフラミンゴを睨みつける。
「だからおれが、おれとお前の死体を造ってやった」
行動を見透かされていた。
あの一瞬で同じようにドフラミンゴは能力を使って自分たち2人の死体を造ったというのだから、ローの想いはドフラミンゴに届いたのだろう。
でなければ、この男は面倒な小細工をせずにローを殺していたはずだ。
「おれにしかお前を殺せねェ…」
ククッと笑うローの顔は何処か狂喜に満ちている。
「おれの方が有利に見える死体なんだろうな?」
「甘ったれるな。相討ちだ」
互いに全てを棄てた。
自分自身の事しか考えていない。
でも、もうそれでも良いかと思ってしまう。
そうする事で、この人間が手に入るのであれば。
後はどうでも良かったし、これから考えればいいと思った。
触れ合わせた唇が深いものに変わると、くちゅりとした水音が静かな森に響きはじめた。
また1から築き上げるのも悪くはない。
この島は食糧に豊富だし、能力を使えば簡単な家を建てる事も朝飯前だ。
足りない物はこっそりと買いに行けば問題なかったし、適当に見つけた船から奪うのもいい。
「ロー。男に抱かれたことは?」
唇を離した時、ドフラミンゴがローに問う。
「ある訳ねェだろ」
考えるだけでもおぞましいと伝えるローだが、ドフラミンゴに抱かれる事についてはそうではないらしい。
「フッフッフ、おれも男を抱くなんざ初めてだ」
傷ついて動けないでいるローに無理をさせるのは解っているが、ドフラミンゴは行動を止めるつもりなどなかった。
「ドフラミンゴ。お前はこれからもおれだけを見ていればいい」
重い身体を痛みに耐えながら起こしてドフラミンゴを引き寄せると、ローは妖しく笑む唇に濡れた己の唇を押しつけた。
明日の新聞は賑やかな一面になるだろう。
隔離された楽園で、2人は熱を分かち合う。
その日、2人の男が世界から死んだ。
END