スモーカー×ロー
□MIRRORGE
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処分してやろう。
そう思った曰くつきの姿見は、何も映させないように黒い布をかけていた。
過去にこの姿見に姿を映したことのあるローは、姿見の中から現れたもう一人の自分自身に、酷い目に遭わされたことがあるからだ。
甲板に誰もいないことを確認して、姿見を持ったローは海に落とそうとする。
ローの手から姿見が滑り落ちた刹那、突風が黒い布を飛ばし、姿見から伸びた手がローの髪を鷲掴みにした。
「残念だったな」
引きずり込まれると思った頃には、目の前で笑っていたもう一人の自分自身の姿は見当たらずに、ローの世界は変わっていた。
先ほどまでいたはずの甲板は元より潜水艦も消えて、何故か大勢の海兵に囲まれている。
状況が整理出来ず、かといって状況を整理するにもあっという間に捕らえられてしまったローは、取り囲む海兵たちを割って姿を見せた男に唖然とする。
「白猟屋……?」
パンクハザードで行動を共にしていた時と違って、雰囲気の変わったスモーカーがローの前に現れて、フンと笑った。
「ロー……じゃねェな。ああ、お前も一応はローだったか」
二本の葉巻から立ち上る煙が、ローの頬をふわりと撫でる。
「は、白猟屋……?」
灰色がかった黒い髪に黒いコート。
ローの知っているスモーカーとはあまりにも違う。
「何だ? 随分距離のある呼び方だな」
確認の為に呼んだ通称を否定しないのだから、スモーカーであることは間違いないのだろう。
「寂しいじゃねェか……。やっとこうして会えたってのによ」
見たこともない笑みを浮かべたスモーカーが、十手をローの首に宛がって、軽く耳を撫でた。
「……ッ……」
海楼石の仕込まれている十手は、一瞬触れたローの力を奪う。
「ま……待ってくれ。おれには今の状況が、さっぱりわからねェ。一体何が起こっているのか……」
笑みを浮かべるスモーカーが怖い。
間近でローを見下ろすスモーカーと目を合わせることも出来ずに、訳の解らない状況の説明を求めたローは、スモーカーから伝えられた言葉に声を失う。
「何が起こってるのか……。まァそりゃそうだろ。混乱するよな」
突然知らねェ世界に引っ張り込まれてよォ……。
その世界とは多分、過去に何度も姿見から現れたもう一人のローがいたこの世界のことだ。
「可哀相に……」
低く呟かれたスモーカーの声は、何故か楽しそうだ。
「身代わりにされたんだよ、お前」
葉巻の煙がローの顔にかかる。
思わず目を閉じたローの首筋に、スモーカーの十手が当てられた。
「可愛がってやろうと思ってたのに……。全く困った奴だ」
クククッというスモーカーの静かな笑みが、ローの鼓膜を震わせる。
この世界の二人がどのような関係なのかなど、ローは知らないし興味もない。
気になることは、ただひとつだ。
「──……白猟屋……。おれは、元の世界に帰れるのか?」
不安に押し潰されそうなローの声は小さく、やや震えている。
怯えているようにも取れるローにニヤリと笑ったスモーカーは、更に言葉を紡いでローの顔に煙を吹きかけた。
「何言ってる。返すわけねェだろ?」
いなくなったのなら、代わりのローを可愛がってやればいい。
「お前もせっかくこっちの世界に来たんだ。楽しんでいけよ」
スモーカーの行動を後ろで見ていた部下が、海楼石の手枷を取りだす。
手枷を見せつけるように笑った部下を見て、十手から身体をずらしたローは能力を発動させようとした。
「おいおい……。お前まで逃げる気か?」
「シャンブル──ッ……んッ!!?」
顎を捕らえられて塞がれた唇は、熱いのに冷たく、苦かった。
咄嗟のことに動くことの出来なかったローの手首には、スモーカーの部下によって手枷が嵌められる。
「……ク……ッ……」
力が抜けて膝から崩れそうになったローの腹に、スモーカーの十手が食い込んだ。