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□雨とやさしさ
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「ほら。早く風呂入って、手も綺麗にして。」
はい、と一松に着替えの服を渡し、風呂へ入るよう指示した。言うことはちゃんと聞いてくれたので、素直にそのまま脱衣所へと向かっていった。
風呂からシャワーの音が聞こえる。チョロ松はその間、ココアを一松のマグカップに注ぐ。タオルケットも側に用意しておいた。
「ただいまー。はーぁあ、負けた負けた。」
玄関から長男おそ松の帰宅する声が聞こる。このタイミングで帰ってくるおそ松を鬱陶しく思ったが、同時に、一松のことを相談しようか迷っていた。
「おかえり…って、またパチンコかよ…。」
「あ、俺にもコーヒー入れてくんない?さすがに冷えるわー。」
「自分で入れろ。」
「えー?というか、シャワー浴びてんの誰?」
「え、あ…一松だけど。」
「へー」
チョロ松と会話を交わしながら自分のマグカップを取りだし、コーヒーを注いでいく。すると、がぶっと勢いよく飲み干した。熱くないのかと驚いていたら、おそ松がこんな質問をしてきた。
「何かあったの、一松。」
ドキッとした。やはり、長男だから勘がいいのか、はたまた察しがいいのかはわからないが、おそ松は弟の変化に鋭い。確かに、一松は普段、面倒くさがって雨に濡れてもシャワーなど入らず、着替えだけで済ませてしまう。
だが今日は訳が違う。汚れていたからシャワーを浴びている。おそ松は汚れた理由を聞きたいのだろうか。チョロ松自身もその理由を知らないため、すこし焦った。
「いや…僕もわからないんだけど、何か、あったみたいで。」
しまった。余計心配させるような事を言ってしまった。適当に誤魔化しておそ松を追い払えばよかったと後悔をする。
「ふーん、じゃ、俺ちょっと行ってくるわ。」
「は?え、今から?何処に?」
「まぁ任せとけって。頼んだぞー、チョロ松。」
任せていいのか、任せられたのか、よくわからない言葉を掛けられた。やはりおそ松は何か気づいているのだろうか…。だとしたら、少しは教えて欲しい。一松は言ってくれるだろうか、自分は何か出来るだろうか、そんな不安がチョロ松を緊張させた。
ガララ、と脱衣所の戸が開かれる音が聞こえた。ペタペタとこちらへ向かってくる音が聞こえる。靴下、渡してなかったっけとふと思う。
部屋に入ってきた一松は、ちゃんと着替えの服を着ていた。手も綺麗になっている。そのことに安堵し、一松をココアの入ったマグカップの前へと座らせ、タオルケットを肩に被せた。やはり、少し体が震えていた。
「…一松、あそこで何してたか、教えてくれる?」
「……。」
一松はマグカップの暖かさを確かめるように両手で持ち、ココアの水面をただぼーっと眺めていた。自分から話してくれるまで、どれ程時間がかかっても、側にいてやろうと考えたチョロ松は、一松の頭を撫でる。
他の兄弟、たとえば、一松と一番仲の良い十四松なら、何をしてあげるのだろうか。トド松なら、カラ松なら…と、自分が何をすればよいのか他の兄弟を参考にしようと考えていた。
だが、その考え方はやめにすることにした。自分と他の兄弟じゃ一松との接し方が違うし、何より、自分の思いを行動にうつした方が、一松を安心させられるかと思ったからだ。
「…一松。」
もう一度声を掛ける。
すると一松は、雨の音で消え入ってしまうような小さな声を発した。それをチョロ松は、聞き逃さなかった。
「……猫、凍えてた、から。」
「……?」
一松は少しずつ、片言で話していった。
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