書籍
□生まれながらの優等生
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佐疫は優等生だ。
誰もが彼の才能を優秀だと言う。秀才だと言う。だが、佐疫だって、努力をした。努力をした結果がソレなのに。
なのに、誰も褒めてくれない。頭がいいのは佐疫だから、優秀だから、秀才だから、なにより、優等生だから。
努力をしないで何が秀才だ。土台がなくてなにが優等生だ。努力を簡単に「天才だから」という言葉でまとめられてしまっては何だか釈然としない。
そんな事、いつも笑顔で誤魔化していたから誰にも気づかれないと思っていた。でも、
「佐疫は、不器用だね」
佐疫にピアノを教えてくれる災籐がそう言って微笑んだ。佐疫には、一瞬何を言われているのか分からず、何処かでミスをしてしまったのかと冷や汗が流れた。
完璧に、一変の狂いもなく、楽譜に忠実に従っていたのに、何処が違ったのだろうか、と。
災籐はそんな佐疫に気がついたのか、「違う違う」と口を開いた。
「お前は、誤魔化すのが不器用だと言っているんだよ。」
「どういう意味ですか?」
災籐は笑を深くしただけで、佐疫の問い掛けには答えなかった。この人はいつもそうだ。欲しい言葉を簡単にはくれない。簡単には教えてくれない。そして、唐突に考えもしないことを言うのだ。
「素直におなりなさい。お前は褒めてもらいたいんだろう?よく頑張ったよ、楽譜に完璧に忠実に引いている。ミスもない。」
ただ、と開かれた楽譜を災籐の白く長い指がなぞった。
「感情表現が乏しい。」
笑うこと以外の表情ができない。乏しい感情表現。まるで今の佐疫みたいだね、と屈託のない笑顔で囁かれた。あぁ、この人には何を隠しても無駄なのだ。
「僕は…」
振り絞った佐疫の声は震えていた。
「僕は、本当に頑張ったんです…」
「そうだね」
「何もしないで、頭が良くなるわけじゃない、なのに、誰も褒めてくれなくて…、僕は…っ、天才なんかじゃない…秀才なんかじゃないっ、優等生なんかじゃ…」
「そうだね」
災籐の大きな掌が佐疫の焦げ茶色の髪を撫でると、佐疫の水色の瞳からから溢れる涙がピアノの鍵盤に落ちた。
鍵盤の隙間に涙が入り込む、あぁ、いけない。ピアノは繊細な楽器なのに。佐疫は慌てて目元を擦るが自分の思いとは裏腹に涙が止まる気配はなかった。
「涙は海ではないから飲み干せる」
「?なんですか、それ…」
未だ溢れる佐疫の涙を拭い、災籐は微笑んだ。
「格言だよ」
にっこり。