書籍
□優しい鬼
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「貴様は優しすぎる」
木舌の目の前にいる谷裂の紫色の瞳が細められた 。
優しいの定義とは、人それぞれじゃないか、と木舌は方を竦め、谷裂を見つめ返すが、無意味だった
現在、二人は任務にきている。任務内容は亡者の捕獲、多少の戦闘は避けられないのだが、木舌は自分の武器である斧の柄を取ろうとはしなかった。
その為か、ふざけるな、と谷裂は口を開く度に木舌を罵る。腰抜けか、戦うのが怖いのか、弱いなら引っ込んでろ、などと、罵る言葉は勢いつくだけで、弱まることは無い
木舌はソレを無言で聞いて、眉をしかめた。
傷ついただろうか、と谷裂は不安になって木舌を見やる。しかし、彼の顔に浮かんでいた表情は傷ついた、傷心の顔ではなく、不機嫌そうな顔だった。
「おれは、優しくなんてないよ」
「はぁ?」
谷裂の口から、つい低い声が漏れた。
「優しくなんてない」
「それでは、弱虫か?」
「かもね」
そう言って、木舌は先ほどの不機嫌そうな顔とは打って変わって、ヘラリと笑う
その笑顔も優しさも、谷裂は不快だった。腹が立つ、何が悪いって何もかも。
「…もういい、貴様はここにいろ。件の亡者は俺が片付ける」
谷裂は金棒を背負い、背後で何かを言っている木舌の声に耳を傾けること無く、歩を早めた
* * * *
「ねぇ、谷裂。木舌と何かあったの?」
館に帰ってくるなり、佐疫が控え目に訪ねてきた。
「知らん。報告書を提出しに行ってくる」
忌々しい名前を話題に出すな、と佐疫を睨みつけると、水色の瞳が動揺で揺れる。
「あ、うん…」
佐疫も、それ以上追求はできず、管理長室へと向かう谷裂を見つめるしかできなかった。
谷裂が管理長室へと向かう途中、最も会いたくない人物、赤い腕章を左腕につけている綺麗な緑の瞳をした獄卒に遭遇した。彼は谷裂に気がつくと微笑んだ。例の気の抜けたふにゃふにゃした笑顔である。
「あ、谷裂…。えっと、ほとんど仕事任せちゃってごめんね?」
「かまわん」
もとより貴様を戦力として数えていない、と言うのは失礼だろうか?と谷裂は考え、その先は言わなかった。
「…谷裂は、俺のこと優しいって言ったけど、それは違うよ。」
「なんだ、今さら…」
本当の優しさは、他ののことを考えて、怒れて、嫌われる覚悟がある物を言うんだ、と木舌はペラペラよく喋る舌で話を紡ぐ
「優しさって、まるで、谷裂みたいだよね」
人は彼を鬼らしい鬼と言う、でも、本当にそうだろうか。木舌は彼ほど優しい鬼を知らない。