盃入るは血餅と血清
□少女は吸血鬼だったのだ
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其の人はこの地下において天使も同然であった。
類稀な容姿を持つ秀麗な娘。
緩やかな声を、その音を、人々は心を休ませる拠り所とした。
例えそれが血溜まりの中心であっても、例えそれが高く積み上げられた骸の上であっても、例えそれがどれだけ残忍で残虐な光景を映していたとしても、誰もそれを気にしない。
彼女は天使だった。
殺戮の天使だった。
故に血に濡れた唇は妖しげに美しくあれるのだ。
頬を染め上げた赤色は狂気をなくしていられるのだ。
「貴方たちは美味しいかなあ」
彼女の声に蕩けた時点で、自らの命が手から零れ落ちていくのにも気付かずに。
ああ、何と残酷な事か!嬉々としながら彼女は鋭い歯を赤く塗るのだ。
肉が切れて鮮血が溢れ出し、歯と骨の接する硬い音と共ににちにちぐちぐちと肉が擦れる音がする。
その瞬間でも彼らは幸せであれたのだ。
血の匂いに混じって香る彼女の甘い麝香の香り。
彼女の躰の匂い。骨までもを噛み切られんとする男は恍惚とした表情で冷や汗をかき脚をガクガクと震わせて、軈て物言わず自らの重さで傷を広げて床に転がった。
彼女は暫くそれを見てから笑った。
「うふ、うふふ。うふふふふ。貴方はおいしかった。他は駄目だね、きっと「強くない」からだろうな。彼はきっと親玉だったのだね。うふ、うふふ。あたらしく仲間になってくれて嬉しいなあ」
出鱈目な言葉だった。意味も主旨も分からない。何故彼女が彼の肉と骨を裂き血を呑み喉を潤わせたのか。
ああ、それを知るは彼女と彼女の力を知っている輩だけだったのだけれど、後に分かることだろう、そう急くものでもないだろうから。
彼女は肉を裂き骨を絶って、笑みの漏れる口元に血の花を咲かせるばかりであった。
「きゃはははは」
彼女の名は小酒井不木。
狂人ではない。かと言って常人でもない。彼女は謂わば「理性のある怪物」であった。それが一等恐ろしい。
彼女の躰は血と肉と骨と迚も大きな力で出来ていた。