盃入るは血餅と血清

□日の目を見るとは
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「うわあ…!」


芥子粒のような大きさの光に不木は声を上げた。
期待に胸を逸らせて駆けた。光が大きく大きくなって、軈て彼女の躰をも包み込んで。

不木は日の下に立っていた。

裸足の足に乾きかけた血をこびりついたままにして、小汚いワンピースを風に靡かせて。


「…頬を撫でるこの流れが「風」、この青いのが「空」、今私が立っているのが「草」で、それから暖かい「太陽」。ああ、夢のようだ。私は今、空の下にいるのだね」


不木ははらはらと二、三滴泣いた。そのガラス玉の様な雫は、風に運ばれて地に落ちた。

遅れて着いてきた太宰は、その光景に息を飲んだ。

その、高級な葡萄酒で染め上げたかのような美しい髪を。榛の瞳を。透き通るような真珠の肌を。

美しいとは思ったけれど、陽の光の下で見ると、こうも、こうも美しく見えるものかと。

ああ、でも、地下の薄暗い中でもあんなに美しかったのだ。日の下で余計美しいのなんか当たり前かもしれない。


「不木」


太宰に声をかけられて不木は微笑んだ。そうしてそのまま太宰に駆け寄った。

それから、ありがとう、といった。


「連れてきてくれてありがとう。君の仕事を終わらせに行こう」
「…そうだね。行こう。車がある。服も後でプレゼントしよう」
「うわあ、「車」かあ。初めて見るし初めて乗るよ。「乗り物酔い」しないかな?」
「多分大丈夫だとは思うけれどねえ」


太宰に手を引かれて不木は歩く。さくさくと踏む度柔らかく弾む土に嬉しさと楽しさを覚えつつ。

どれもこれも本で読んだだけのものであった。そしてそれはこれからも変わらぬ、私はそれを知らぬまま息絶えると思っていたのだ、それが今すべて目の前にある。こんなに嬉しいことはない。

例えば今目の前にある黒塗りの車体も彼女には興味の元の一つであった。

この扉から中に入るのだよ。太宰はそう教えて彼女と共に後部座席に乗り込んだ。


「本拠地まで出して」
「はい」
「治は偉い人なの?」
「そこそこね」


不木の質問に太宰は笑ってみせる。

確かに自分は幹部であって、しかも「最年少」であって。それは名誉でも何でもないと彼は思うのだけれど、まあ、偉いかと聞かれれば偉い訳で。

不木は鼻でふうん、と言って、それを返事とした。


「そうだ。ねえ治。貴方、何か「力」持ってるの?」
「何故だい?」
「私の力のこと聞いてもあまり驚かなかったろう?」
「ああ、成程。…で、私の血がご所望かい?」


ああ、ばれた?と、茶目っ気たっぷりに不木は笑った。
その姿は年相応に可愛らしくて、太宰はらしくもなくときめいたりした。


「良いよ、指からでもいいかい?」
「勿論。やったあ、新しい仲間ができる」
「仲間?」
「貰った力のことをそう呼んでる」


太宰が長い指を差し出すと、不木は喜んでそれに噛み付いた。
恐らく加減をしたのだろう。甘噛みを少し強くした程の、表皮を突き破るだけの採血であった。

とろとろと零れる赤色を、不木のピンク色の小さな舌が掬ってゆく。

数秒もすると血は出なくなって、唇に零れた分も不木はすっかり舐めとってしまった。

太宰はというと、それが扇情的だなあ、なんて、思っていたのだが。

そんな事をしているうちに本拠地に着いたので、そんな事は言わず、言えず、心の中にしまうことにした。
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