短篇

□犬も食わない
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ひとつ下の弟の一松が、
夕方に出かけたかと思ったら、割とすぐに帰ってきて、

その顔を見ると、まるで一昔前のギャグマンガのように、
頬に手のあとがそのままの形で痕になっていた。

「えっ?どうしたの?その顔?」と聞いても、

いつものムッとした顔で、二階に上がってしまった。

「あー!もうしょうがねーな〜。チョロ松行くか」と言って、おそ松兄さんが玄関へと僕を誘う。

一松についているべきかどうか悩んだけど、
こういうときは、長男の言うとおり、後についていく。

しばらく歩いて目的の
赤提灯の縄のれんをくぐると、

おそらく一松に手の痕をつけた本人が
早くも赤くなって飲んでいた。
「なに〜咲乃。もう出来上がってんの?」平気な顔で咲乃の隣の席におそ松兄さんが座るので、
僕はそのまま前の席に座る。

咲乃は、赤い顔のまま、
「なによ、おそ松チョロ松!いま、その顔一番見たくないんだけど!」と可愛い顔で言い返してくる。

咲乃は、俺たちと小学校の時からの幼馴染である。それに、あの一松の彼女でもある。

僕たち六つ子は、全員小学校の時から、明るくて可愛くて華やかなトト子ちゃんに夢中だった。
それとは別に咲乃は、俺たちといつも泥だらけになって野球をしたり、落とし穴を掘ったり、どちらかと言うと男同士のようにいつもつるんでいた。

変化があったのは、中学生になってからだ、
泥だらけの服を着なくなり、俺たちは学ランを着て、
咲乃は、制服のスカートをはいた、
そのうなじの白さや、セーラー服から覗く
細くて折れそうな手足に気がついた時に、

僕は、おそらく僕たち六人は、トト子ちゃんに好き好き騒ぐのとは別の意味で
咲乃に心奪われていた。

六人全員がおそらく同じ恋愛感情を咲乃に抱きながらも、言い出すものは誰もいなかった。
おそらく気持ちが本気すぎて、幼馴染と言う立場さえ失うのを恐れたからだろう。

少なくとも、僕はそうだった。

高校卒業して、このまま誰かにものになるならと、僕たちが本気でアタックを始める前に

咲乃が選んだのは一松だった。

卒業式の夜にうちに訪ねてきて、
みんなを期待させたかと思うと、
あっと言う間に、咲乃は一松に告白をして翌日にはもう付き合うことになっていた。

あの日の僕を含めての5人の絶望は計り知れなかった。


まあ、それも過去の話だ。

それからニートを貫く六つ子を気にもせずに
咲乃は一松ともう何年も付き合っているのは、
兄弟にとっても嬉しいことでもあった。





おそ松兄さんが、気にもしない様子で、
「まあ、いいじゃんいっしょに飲もうぜ!」
と平気な顔でビールを頼むので、

僕も一緒に梅酒を頼む。
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