他SS

□愛を刻みたい想いを胸に秘め
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「ヴィーナ……」

ひとり寂しく愛する人の名を呼ぶ。
いつも一緒にいるが、こうして少しでも離れて
しまうと恋しくてたまらなくなる。

毎晩のように寝付けることができずにいる。
ベッドから起き上がり、眼鏡を手に取り立ち上がっ
て窓の外を見渡すと綺麗な月が昇っていた。

「綺麗だ……」

そうだ、とおもむろに酒瓶を取り出す。
たまにひとりでゆっくりと晩酌している兆麻。
このお酒は、前にみんなでやったお花見で
余ったものだ。
こっそりと持ち帰っていたらしい……

グラスにコトコトと注ぐ。

「よし、いただきます」

飲もうと口に運んだ瞬間、

「ひとりで晩酌か?私も飲みたいな…」

ドアのほうから声がしたと思い、とっさに
振り返ると、そこにいたのは

「兆麻」
「ヴィーナ……!」

毘沙門だった。

「ヴィーナ、こんな夜更けにどうしたんだ」
「いや、寝付けなくてな。ここに来てみたら兆麻が
上手そうな酒を持っていたから少し頂戴しようかと」

「ダメならいいんだが」と苦笑いを見せる。

「構わないよ。さぁ、部屋に入って。冷えてしまう」
「あぁ、ありがとう」

いつだって毘沙門のことを気にかけている。
自分のことよりもだろう。

戸棚からもうひとつグラスを取り出す。
毘沙門に渡し、お酒を注ぐ。

「前にやった花見の残りのお酒だよ」
「そうなのか。フッ、あの花見はなかなか
楽しいものだった」

グラスを回しながら、あの日のことを
思い出すように目を細める。

「また、したいな」

そう笑いかけると、兆麻はグラスから
お酒をこぼしてしまった。

「兆麻!大丈夫か?どうした、ボーっとして……」

兆麻に駆け寄り気にかける。

「あぁ、大丈夫だ…すまない」
「疲れてるのか……?」

いつも自分のために頑張ってくれていることを
誰よりも知っている毘沙門。
兆麻の調子が悪いと、こちらまで調子が狂う。
ヤスミの問題ではなくて、心の問題でだ。

「ヴィーナ」

そう呟くと、兆麻は毘沙門の髪に触れた。
ゆっくりと自分の指に絡ませるように。

「ヴィーナ、すまない。少しの間いてくれないか?」

珍しく弱々しい姿に、毘沙門は「あぁ」と応え
兆麻の体を支える。

(暖かい……)

毘沙門の暖かな体温を感じる。

(ヴィーナも…僕の体温、感じているだろうか)

感じていて欲しい。
せめて、ここに自分がいるということを
感じて欲しかった。
手のひらから感じる体温を、感じて欲しかった。

直接、気持ちを伝えて抱き締めたい。
直接、愛を刻み込みたい。
けれど、それは叶わないだろう……
叶うとしても、それはいつの日かわからない。

だから、せめてもの思いであなたの暖かさを心に刻む。
いつの日か、あなたに愛を刻むために。
あなたから貰った暖かさのぶん、愛で返すために。

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