日進月歩番外編

□願うのは
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医者になっていろいろな患者を診てきた。
10年はこの職業に就いているが、その中でも特に印象に残っている患者が一人いる。



『先生、こんにちは』

「ああ、こんにちは怜君」



それが彼、雪村怜君だ。
怜君は一年前、交通事故に遭いこの病院へ運ばれてきた。
幸いにも一命は取り留めたが、代わりに彼は右足を負傷してしまった。
そのため、こうして定期的に診察へくるのだ。



「元気そうでなによりだよ。どうだい、最近は?」

『調子いいですよ。インハイ予選ではまだブランクを感じさせましたが、夏合宿で取り戻してみせます』

「無理は禁物。それはわかってるね」

『もちろんです。最後の大会前に怪我なんて笑えませんから』



なら、いいんだがな。
少し私は心配なのだ。
本来なら彼のリハビリは一年間で終わるものではない。
もっと時間をかけて行えば、より彼の膝は元の状態へと戻っていく。
しかし彼はそれを拒んだ。
それでは約束を果たすことができないと。
医者としては止めるべきなのはわかっていた。
でも怜君の力強い目を見て、それができなくなった。
彼の意思を尊重したいと思ったのだ。



「検査の結果でも特に異常は見つかってないし、私からも夏合宿の件については許可を出すよ」

『ありがとうございます!』

「ただ、少しでも違和感を感じたらストップするんだよ。あと、膝の診察も行くこと。合宿校の近くの病院へは私が連絡をとっておくから」

『はい、分かっています』



実際問題、夏という暑い季節であるから何があるかわからないのだ。
できるのことは何でもやっておかなければ。



『あの、先生』

「どうした?」

『何から何まで本当にありがとうございます。入院時から今まで、本城先生には感謝してもしきれません』

「大袈裟だなあ」

『本当のことです。いろいろ無茶言って困らせてしまいましたが、俺今とっても充実してるんです。あいつらとのバレーが楽しい。たとえ膝が万全じゃなくても、戻ったこと後悔してないです』



私の目を真っ直ぐ見て言う怜君に、一年間の彼を重ねた。

ーーああ、この目だ。この目に私は折れたんだ。

苦しいリハビリを続け、「そんなに焦る必要はない。時間をかければ君の膝は、日常生活に何の支障もきたさない程に回復するんだ!」と言った私。
そんな彼は膝を崩し、汗を大量に掻いた状態で私に言ったのだ。


『将来のことよりも、現在(いま)が大事なんです。俺たちには来年がないんだ』


あの時に私は、もっと彼の力になりたいと思ったのだ。
不思議と彼は、人を惹きつける力がある。
よく見舞いにきていた安川君も、彼に惹きつけられた内の一人なのだろう。
だから私も彼のために、できることは全てやる。




「私にとって君の力になるということは、当たり前のことだ。感謝してくれているならば、膝を悪化させないでくれよ」

『うっ、肝に銘じます……』

「ははは」




どうか彼の笑顔がもう二度と失われないように。
私が心から願うのはそれだけだ。












願うのは
(報告は春高に出場決定しました!しか聞かないからな)
(その報告楽しみにしててくださいね)
(頼もしいな)
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