□始まりの日
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『今週の特集は忍びの隠れ里として有名なチョウジタウンです。古くからポケモンと共に生きてきた忍びの里。今も多くの忍びが住んでいると言うんです!』


『忍びに会いたいと思ったそこのアナタ!残念、彼らには早々お目にかかることは出来ないでしょう。伝説のポケモンと同じくらい出会うことは難しい、それが忍びなのです。』

『そしてチョウジタウンの魅力と言えばもうひとつ、いかりの湖がありますね!そこで今回は・・』

すっと延びた指が室内に流れるラジオの電源を落とした。
部屋の主は僅かに苦笑する。
この放送を聞いていたら顔をしかめるに違いない、そう思い描く相手にくつくつと笑いが込み上げた。

「ああ、心配要らないよ。」

ふと背後に目線を送ると、いつもと違う主の様子に怪訝な表情を浮かべている相棒と目が合う。

「さあ、そろそろアイツも来る頃だ。」

手を伸ばし頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた。そのまま立ち上がると部屋の障子に手をあてる。
音もなく開いた先からは、柔らかい風と共に朝日が差し込んでいる。

日の光を浴びて、金糸の様な髪がキラキラと目映く輝く。

「マツバ様、お見えになられました。」

背後の戸の先から聞き慣れた従者の声を受け、マツバはそっと障子を閉めた。
存外に早い到着に、招いた客人は恐らく不機嫌であろうことを察する。

またひとつ、小さく喉の奥で笑いを堪えた。

「さあ、おいで。」

相棒に声をかけると、小さく返事を返しマツバの肩に乗った。
久し振りに会うので嬉しいのだろう、瞳を瞬かせ急かすようにマツバを見つめる。

「僕は小言を言われるから嫌なんだけどなぁ・・」

困ったような声音で目尻を下げる主に、彼の性格を良く知る相棒はどこか呆れた表情で唸った。
マツバは観念したように戸を開き、待ち兼ねた客人の元へ足を進めた。

「マツバ様、こちらです。」

先を歩く従者が一室で立ち止まると、小さく一礼をしその場を後にした。
さてどうしたものか、戸の先からは見えなくとも感じる気配。戸に手を掛けながらも、マツバはその存在に頭を悩ませた。

「いつまで待たせるつもりだ?」

直後部屋の中から響いた声に思わず顔を上げた。そしてふと体の力が抜けるような脱力感に見舞われる。
部屋の先に居る相手の前では、自身の癖は無意味だったと、ひとつ苦笑を漏らした。

「すまないね。」

すっと戸を開けるや否や、肩越しの相棒が我先にと室内に飛び込んだ。

「久しぶりだな。元気だったか?」

涼やかな客人の声を受けた黒い影は、声の主にふわりと抱き付くと、頭に感じる手の感触に再度嬉しそうに喉をならした。
「朝からずっとこの調子だよ。よっぽどユキナが恋しかったみたいだ。」

遅れて室内に足を踏み入れたマツバはユキナに視線を向けた。
壁に持たれながら相棒のゲンガーを撫でている表情は、どうやらさほど悪くはない。
そのまま歩み寄るとユキナが小さく溜め息を落とした。

「マツバも相変わらずだな。」

「何がだい?」
「"その癖"は私の前では無駄だ。」

すっと透き通る様な蒼い瞳がマツバを捉える。気のせいだろうか、彼女の腕の中の相棒まで責めるような目を向けているのは。

「分かってる。ただ体に染み付いてるものだから、ついね。」

降参と言わんばかりに両手を広げると、卓に座ると同じ様にユキナに座るよう施した。

「お前のご主人は相変わらず繊細だな。」

腕の中のゲンガーに声を掛けると何とも言えない表情だ。苦労の耐えないであろうことが見てわかる。

「千里眼に振り回されてるようじゃ、マツバもまだ修行が足りないな。」
「手厳しいね、相変わらず。」

ようやく間の抜けた表情に戻った彼に、ユキナは話を切り出す。

「それで?エンジュのジムリーダーマツバ殿の依頼を受けに来たぞ。」
「ああ。そのことは詳しく書面で伝えるよりも、この場で伝えたかったんだ。」

マツバの言葉が終わらぬうちに戸口から控えめな声がかかる。静かに開けられた戸から、先程の従者がマツバに手渡した箱。それは唯の木箱ではない重厚な作りになっていた。

「これをヨシノの町外れまで届けて欲しい。」
「それは構わない。だがそれは一体どういう意味をもつ?」
「これは大切な物なんだ。」

マツバは箱に手を添えると中の物を見据えるかのように目を細めた。

「ユキナも知っているだろう?このエンジュに伝わる伝説を。」
「・・伝説と関わりがあるのか?」
「ああ。だからこれを頼むのは、本当に信頼できると信じている者でないと頼めない。」

視線をユキナに戻したマツバは、千里眼での確信をその瞳に宿している。

マツバはエンジュのジムリーダーとして、伝説の地の長として、今頼んでいることがその瞳から伝わる。

「・・引き承けた。」

暫く思案していたユキナだったが、諦めた様に口を開いた。
腕の中のゲンガーを離し、箱に手を伸ばす。
しっかりとした作りの箱は、それだけでも十分に重い。持ち上げてみても中の卵は揺れ動く様子もない。どうやら中でしっかりと包まれているようだ。

粗方様子を確認したユキナは、箱を抱えると静かに立ち上がった。

「もう行くのかい?」
「依頼を承けたんだ、当然だろう。」
「なら、この依頼が終わったら少しゆっくりして行けばいいよ。」

ユキナは僅かに目を見開いた。向けるマツバの表情は何時もの様に喰えない笑みを浮かべている。

「戻る頃には腹が空く。おごれよ。」

そう言うとユキナはマツバの元に戻ったゲンガーを一瞥すると、小さく後でねと声を掛けた。そのまま戸口へ向かうと、直ぐにその姿は見えなくなった。


「さすがは白來はんどすなぁ。」

入れ替わるように戸口から別人の声が掛かる。次いで現れた人物は目にも鮮やかな赤を纏い、髪結いに揺れる豪奢な簪をしゃんと響かせた。

「忍びとして名高い白來の現当主はんが、あないに麗らかなお人やとは。」

クスリと笑むと彼女はマツバに視線を送る。

「マツバはんも隅におけんなぁ。」
「コウメさん、僕をからかいに来たわけではないでしょう?」

マツバは困った様に笑みを作ると、コウメに体を向けた。エンジュに住むものであれば誰もが知っている人物である彼女は、これから舞の稽古であるはずだ。

「ただ一目見ておきたかったんどす。あの方を。」

そう呟くとコウメはユキナが消えた先を見据えた。

「白來はんを信じますえ。」

小さく呟いたコウメの声は祈りにも似た音を含んでいた。そしてその声はマツバにも届いていた。
そう、これはエンジュの祈り。
伝説を受け継いだ者達の微かな希望なのだ。
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