□其々の時
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ユキナが自身の屋敷に戻ってきたのは日が高く上り始めた頃だった。
足を踏み入れた屋敷は変わらず木々の静寂に包まれ、ゆっくりと頭を冷やしてくれる様に感じる。その時、入口の戸から出てきたハルと鉢合わせた。

「あら、お帰りなさい。」
「ただいま。」

ハルはぱちりと大きな瞳を瞬くと回りを見渡し、先刻までいた青年の姿を探した。

「ワタルさんは?」

その名前を聞いた瞬間ユキナが視線を僅かに反らした。ほんの少し眉を寄せ唇を結んでいる様に、ハルは首を傾げた。

「・・一度リーグに帰るそうだ。依頼で使う連絡先を預かった。」

告げる口調は変わらず仕事の時のままで、何時もよりそれは固い響きを含んでいる。ハルは目敏くその変化の意味を察すると、柔らかく微笑んだ。

「会えなくなると寂しいわね。」

どこか諭すようなその声色にユキナは視線をハルに戻す。見詰める彼女の表情は微笑んでいるが、どこか悲しい色を宿した瞳が此方に向けられていた。

「そんなことない。」
「嘘つきね。」

ハルはふと笑みを落とすと琥珀の瞳でじっとユキナを見詰めた。自分を隠す様な口調は、仕事で相手と対等に付き合う為のもの。しかし今は、隠しきれない何かを押さえ付けようとより固い響きで覆っている。

「戸惑ってる?」

ハルに告げられた言葉に、ユキナは胸に渦巻く思いを意識して表情を曇らせた。

「ねえユキナ、それは抑えてもどうしようもないものだと思うわ。」
「・・なんの話?」

間をおいて言葉を落としたユキナは、その顔に困惑を滲ませ揺れる瞳を細めた。

「私はこうなること、何となくわかっていたわ。」

ハルがそっと告げた言葉にユキナ
は瞳を見開き驚きの表情を浮かべる。対峙するハルは形容し難い切ない笑みで視線を先に向けていた。

「ハル?」

どこか遠くを見詰めている幼馴染みに声を掛けると、彼女は何時もの様に柔らかく微笑み掛けた。

「寂しいのは嫌ね。」

クスリと笑みを落としハルはユキナの横を通り過ぎると、一度立ち止まり振り返った。

「もっと素直になってもいいと思うわ。」
「・・ハル。」

微笑むハルは変わらず此方を見詰めている。

「私は少し出掛けるわね。依頼は他の従者から伝える様にしてあるわ。」
「わかった。」

歩みを進め出したハルを呼び止めるとユキナは駆け寄り、幼馴染みを抱き締めた。

「ハル、ありがとう。」

ハルは瞳を瞬かせると苦笑を浮かべた。抱き締める幼馴染みの細身の体に腕を回すと、その背を軽く叩いた。

「何だか母親みたいな気分だわ。」
「私にとっては家族みたいなものだから一緒よ。」
「嬉しいんだか寂しいんだか、変な気持ち。」

体を放し互いに見詰め合うと、どちらからとも微笑みが漏れた。

「行ってくるわ。」

ハルはそう告げると屋敷へと向かうユキナの背を見詰めた。屋敷の中へと消えた幼馴染みを見届けると、自身も町へ向かうため歩みを進める。自覚出来ず思い悩んでいる姿に重なる己に苦笑する。

「素直にならなきゃなんて、言えた義理じゃないわね。」

ひっそりと静まり返る森の中へ、ハルは己の思いを吐き捨てた。
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