話
□邂逅の過去
1ページ/10ページ
薄暗く広い空間に白く明瞭な明かりが灯される。映し出されたのは簡素な一室。窓のないその部屋は広くはあるが、何処か閉塞的な雰囲気を漂わせている。
その一室の中央で床に突っ伏した二人の人物を見下ろしたランスは、優美な動きで顔に手を当てると溜め息を落とした。
「全く呆れますね。」
卑下する響きの言葉に、二人の男が顔を上げランスを視界に捉えた。歯痒さに顔を歪ませるが、相手に逆らうことが出来ないのだろう、見上げる様に睨みを効かせている。
「本来は助ける必要等ありませんでしたが、貴方達は唯一接触している。またチャンスを与えてあげましょう。」
「・・アイツは只者じゃない。」
低く響く声を絞り出した男は思い返した相手に、その巨体を小さくしている。実際に対峙した男の様子に、もう一人の男は何も発することが出来ないでいた。
ランスはその様を冷たく見据えると、またひとつ小さく溜め息を付く。
「貴方は仮にも元盗賊、ポケモンも人間も容易く殺めてきたのでは?」
「次元が違う。アイツは本物だ。」
確信を持った男の声に、ランスは表情を変えた。絞り出すように男は言葉を続ける。
「今回はヤドンを助けることが仕事だと言っていたが・・もし殺しが目的であったなら、俺達は此処にはいなかったはずだ。」
男の言葉にランスは瞳を細め、思案する様に顎に指を添える。薄闇で姿は見えなかったが、ランス自身も聞いた声は若い女のもの。そして男の様子と言葉から、相手の姿を少しずつ象ろうとしていた。
「何処からか仕事を請け負っている様ですね。警察か自衛団か、所属はそんなところでしょうか。」
「そんなものじゃない。奴等は自ら手を下さない。アイツはむしろ、それを生業としている様に感じた。」
「・・なるほど。どちらかと言えば、我々に近しい者の様ですね。」
ランスはその声に歓喜の声を滲ませ、思いに浸る様に瞳を細めた。
「ますます、興味が湧いてきましたよ。」
「・・捕らえるのか?アイツを。」
男は不可能であろう事を理解している為、訝し気にランスを見詰め返した。その言葉にランスは冷たく笑みを返す。
「盗みも殺しも、私達の生業ですから。貴方もそうだった筈でしょう。」
「・・お前達は何者だ。」
「成功した暁には、お教えしますよ。必ずね。」
その瞳の冷たさに男はそれ以上の言葉を紡げず言葉を飲み込んだ。対峙した者と似た冷酷な気配に、従わざるを得なかった。それは、この男なら可能であるかも知れないという期待。
「俺達は警察に顔が割れている。表だったことはもう出来ないぞ。」
「構いません。貴方達には今日得た情報を全て話して頂きたいだけですから。」
「それなら奴は誰が捕らえる?」
男は不可解な言葉に、眉を潜めランスを見据える。助け出されたのは情報の提供の為だけではないと考えていた。ランスは男の杞憂を嘲笑うかの様に笑みを湛えた。
「奴は私が捕らえます。」
笑みに隠れた鋭い輝きが瞳に滲む。只者ではないのはこの男も同じなのだろう。
「漸く私を楽しませてくれる人間が現れた。必ず手に入れてみせます。」
楽し気に瞳を細める様は無邪気なもので
、それがより狂気を色濃くさせる。男は背に流れた自身の汗に体を震わせると、視線を床へ落とした。
「どんなことでも結構です。全てを話して下さい。そうすれば一度自由に、私が奴を捕らえれば仲間に。約束しましょう。」
「・・やつは、俺の動きを見切っていた。」
男は静かに、記憶を辿るよう言葉を繋げた。それを見ていた、怯え切ったもう一人の男も漸く話を切り出す。緊迫した雰囲気に乾いた唇を開くと、慌てた様子で言葉を放った。
「お、俺も・・気付いた時には後ろを取られて、首に痛みを感じた時には・・意識を失ってた。」
「あの動きは一朝一夕で身に付くものじゃない。・・そうだ、」
不意に大柄な男の方が掌で口元を覆うと、何かを思い出したかの様に瞳を見開いた。ランスはそれを見咎めると先を促すように男を凝視する。
「・・顔ははっきりと見えた訳じゃないが、髪の長い蒼眼を持った女だった。間違いない。」
「俺は倒れる直前、ジャケットが見えた気がする。」
ランスは続く言葉に溜め息を溢した。
どちらの情報も真実だとして、それはいくらでも変わり様のあるもの。外見に至っては、変装されてしまえば見抜くことは困難だろう。
「そういえば、その女はポケモンを使っていませんでしたね。」
「いや。確かに使ってはいなかったが、腕に一匹抱えていた。」
ランスは眉を寄せ、訝し気に表情を変えた。
「あれはジョウトじゃ希少なポケモンだった。特徴のある影が見えたから間違いない、アイツが手掛かりになる筈だ。」
男が漸く確信を持って放った言葉に、ランスは瞳を細めた。間違いなくその情報こそが相手に繋がると、彼の中でこの件が明瞭になり始める。
「・・それは一体何のポケモンです?」
「白い体に頭のトゲを持つポケモン、トゲピーだ。」
ランスは細めた瞳を見開き僅かに唇を開いたまま、暫く男の言葉を頭に留めた。
そしてふと、口元に美しい形の笑みを浮かべると、それに反して瞳に鋭い輝きを宿した。
「ジョウトでは見掛けない、希少なポケモンを持つ人間が奴だとは。これは天のお導きでしょうか。」
優美な響きに隠した獰猛な野心をその身に湛え、ランスはその感情を抑えるかのように自身の両肩に手を添えた。男達はその様を唯見詰めていた。彼等にも、この情報が唯一有効なものだと理解出来たからだろう。恍惚とした表情を浮かべたランスは、相手を見据える様に視線を遠くへと向けている。
「・・上出来です。貴方達は一度自由にしてあげましょう。」
満足のいく情報を手にいれたランスはその足で部屋の扉へ向かい、男達へ言葉を投げ掛ける。そのまま二度と振り返ることなく、扉の先へその姿を消した。残された男達は緊迫した空気から解放され、漸くその身の力を落とす。
「なあ、アンタこれからどうする?」
言葉を発することが許された様に、一人の男が声を掛けた。大柄な男は視線を向けず、扉の先から視線を床へ落としている。
「アイツの言葉に従うだけだ。奴の件から手を引き暫く大人しくしているつもりだ。」
その言葉に含まれた畏怖の感情が伝わったのだろう。声を掛けた男もまた、その口を閉ざした。先までこの場の空気を支配していた男の、纏わり付く様な狂気を感じてしまえば、標的とされた相手に僅かながら憐れみを覚えてしまう。
床へと身を落とした状態のまま、暫く男達はその場から動くことは出来なかった。