□力を求めて
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決して広くはないが、簡素な清潔感を漂わせる一室。その空間にコールが鳴ったのはどのくらい前だろうか。
ソファに腰を掛けた人影が焦れた様に、その顔を上げる。ホテルの広い窓に映る景色は夕暮れの明るさを薄闇に変え始めていた。

ワタルはテーブルに置いた電話を見つめながら、落ち着かない心を静める様に手を握りしめている。その手を額に押し当てる様に再び顔を俯かせた時、待ち望んだ音が部屋に響き渡った。

耳に届いた音に体が僅かに震える。コールは2回、進展の合図だ。勢いよく顔を上げたワタルは、音の元へ手を伸ばし通話ボタンを押した。

「ユキナ!状況は?」
『・・今回の事件は罠だったようだ。』

切迫したワタルの声に、少しの間をおいて放たれたユキナの言葉。それは確実に、今までと今回とでは
事件の毛色が違うことを示していた。

『奴らはやはりロケット団だ。私の存在にも気付いている。今になって狩りを始めたのは、何か計画しているからかもしれない。』
「今まで隠れていたのが、わざわざ姿を表したということは、やはり何か起こすつもりだろうな・・。ユキナ、今はどこにいる?」
『もう戻っている。一度切るぞ。』
「ああ、わかった。」

漸く届いたユキナの変わらぬ声に安堵したワタルが通話を切ると、隣から視線を感じた。その先へ視線を移すと、トゲピーが此方を見つめている。その表情に、ワタルは驚きを滲ませた。

「どうした?」

穏やかな性格のトゲピーが普段見せるものとは程遠い、何かを訴えるような表情。ワタルが声を掛けると小さく鳴き声を上げた。電話口のユキナの声を聞いて、何かを感じ取ったのだろうか。

「・・もうすぐユキナが戻ってくる。」

ワタルは複雑な表情を見せるトゲピーの頭をひと撫ですると、その体を抱え上げた。膝に乗せたトゲピーがふと扉の先に気配を感じたのか、顔を上げ扉を見つめ出した。
それに合わせてワタルも視線を移すと、扉を解錠する音が鳴る。直後開いた扉から現れたユキナの姿を見るや、トゲピーが膝元を離れ飛び上がった。

「トゲピー・・・っ!」

胸元へ飛び付いたトゲピーを受け止めたユキナの表情が僅かに歪む。
息を詰め瞳を細めた様子に、ワタルは違和感を感じ取った。

白い衣服に所々付着している土の色。顔や体も、よく見れば手当てを受けた後の様に傷だけが残っている。

「ユキナ、何かあったのか?!」

初めて見た姿に驚きを隠すことなく、ワタルがソファから立ち上がった。すぐに駆け寄りその姿を見つめれば、間近で見る傷は生々しいものだった。対して、ユキナの表情は普段と余り変わってはいない。それが尚更不安を掻き立てた。

「何があった。」
「・・あの男が死んだ。」
「!」
「奴らの周到さに、私は気付くことが出来なかった。」
「・・とにかく座ろう。話はそれからだ。」

思い詰めた様に表情をしかめるユキナに、ワタルは恐らくそれ以上に弱っているであろう体を支えた。
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