かえるのお姫様
□7days
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「名無大丈夫か?!」
ボートの反対側へ行くとバシャバシャと音を立て水に落ちた猫の子の様に慌て、名無は水面に沈みそうになっていた。
「おおがまさん!……私……泳げないの!」
「大丈夫だ!俺の目の前で溺れさせねぇよ!」
そう言うと名無の手首を掴んで自分に寄せ、肩に手を置かせた。
「力抜いて俺にしがみついとけ!暴れると逆に沈むからな!」
「はいっ!」
そう言って名無は大ガマの首の後ろに両手を回し身を委ねた。
自分でしがみつけと言ったが、予想以上の近距離に少したじろいだ。
けれど溺れかけた名無は夢中でそのまま大ガマに抱きつく。
ゼロになった距離で跳ね上がる鼓動。
水で濡れた名無の髪は大ガマの頬に貼り付き、耳元には吐息がかかる。
片腕で名無を支えると自分より華奢で柔らかい感触。
とたんに何も考えられず、全身がしゅわしゅわとして呼吸が危うくなり、まるでソーダ水の中で溺れている感覚がした。
どれくらいその状態でいたかは解らないが、徐々に自分が水面に沈みそうになり我に返った。
「……名無!今ボートに上げてやるから!そのままじっとしてろよ!」
頷く名無は静かに従い、大ガマはボートに近づき名無を押し上げた。
「オールも流されちまったし、このまま岸まで引いてやるよ!」
名無は、はいとだけ言って大ガマに任せた。
岸までボートを運び、管理人へ受け渡す。
管理人はわざとだったら出禁だと怒っていたが、管理人室にあったタオルを二つ貸してくれた。
まだ気温も暑い時期だった為、そのタオルをかぶり二人は近くの木陰のあるベンチへ座った。
「名無大丈夫か?」
「はい。もう平気です。
でも、びしょびしょですね〜。」
名無はTシャツの裾をぎゅっと絞るとちらりと縦長の臍が見え大ガマは視線を反らした。
さっきあれが自分にくっついていたと思うだけで顔が赤くなりそうだった。
黙った大ガマに名無は話しかけた。
「出禁だって怒られちゃいましたね……」
「まぁ、俺が飛び込んだのが悪かったからなぁ〜。」
(出禁上等!乗って別れるボートなんてこっちから願い下げだぜ!)
そう言うとお揃いで被ったタオルをお互いに見てくすくすと笑い合った。
「でも、どうして急にあんなことしたんですか?」
「みっ水浴びだよ!暑かったしな!」
(噂が気になったとか言えねぇ……)
「本当にびっくりして心配したんですよ。溺れちゃったのかと思って……」
「心配ありがとな!
けど溺れたのは名無の方だったなっ!泳げなかったのか。」
「はい……昔から水泳駄目で。
助けてくれてありがとうございました。おおがまさんは泳ぐの得意なんですね!」
「あぁ!今度泳ぎ方教えてやるよ!また池に落ちた時、溺れないようにな!」
「もう落ちません!でも今度コーチしてくださいね。」
「いいぜ!俺の教え方は厳しいけどな!」
「お手柔らかにお願いしますっ!」
そう言って服を乾かしがてらずっと話をした。
午後の風は晴れている事もあり、まだ少し熱風に近かったが濡れた衣服を着ていた二人には丁度良かった。
すると名無はうとうととし、朝からの業務と池に落ちた疲れが合わさって大ガマに寄りかかり居眠りをはじめてしまった。
(ったく!無防備だろうが!男の横で寝やがって!)
いつもならしめしめと手を出す大ガマだが、やはり名無が相手だと何も出来ず、それどころか心配からか少し苛立ちにも似た感情が湧いてくるのだった。
(信用されてんのか、俺の事は男としては見てねぇって事なのか……
いっつもどぎまぎしてんのは俺ばっかなんだろうな……。)
ころころと表情を変える名無を思い出すと、それにいつも反応する自分が隣に居る場面が一緒に浮かんだ。
そんな事を思いながら大ガマはベンチに置かれた名無の手に自分の手を重ねた。
するとまたさっきのしゅわしゅわとした感覚が広がり少し寂しくも、初めて味わう感覚が愛しく大切に思え名無の手を軽く握ってみるのだった。
日は傾きつつあったが時を忘れ、こうしていたいと相手に思うことなど大ガマは今まで一度も無かった。
(名無……もうちょっと寝ててくんねぇかなぁ。
俺、蛙になって本当に名無のとこに居候すっかなぁ。)
名無と離れがたくなり冗談まじりにそんな事を考え大ガマもうとうととするのだった。