かえるのお姫様
□11days
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翌日。
名無は午後からの出勤。
出勤時間から数時間後、決まって店長が帰り名無は店に一人になった。
そして一人になると大ガマも決まって話しかけるのだった。
「名無お疲れ!」
「おおがまさんお疲れ様です。
昨日の打ち上げ楽しかったですね!終電近くまで長居しちゃってすみませんでした。」
「なんならあのまま泊まってきゃ良かったのに!」
「いえ!お二人をお店で寝かせるのは悪いですし、それに……昨日と同じ服を着てお店に行くと店長からの指摘が凄まじいので。」
「なんでだよ?」
「ファッション関係のお店だからかなぁって思っていたんですけど、同僚から最近店長が彼氏さんと別れちゃったから外泊してきたの解ると厳しくしてくるって聞いたんですよ。」
「なんだぁ僻みかよ。
でも、そういうの怖いって聞くから指摘されないようにするのが懸命だよな。」
「そうですよね。
私なんかお相手もいないのに怒られるのはごめんですよ。」
「なっ、なんなら俺がなってやろうか?!」
「えっ?!」
チャンスとばかりに大ガマは口走ったが、名無は突然の事に驚きの表情を浮かべ静止してしまった。
(今のチャンスじゃなかったのか?!
……黙ってるって事は嫌なのか……もしこのまま嫌だって断られたら……今までみたいに気軽に話してくんねぇよな……)
今まで女達に断りの言葉など一切もらった事の無い大ガマは名無から拒絶された時を想像して後悔をし、目の前が暗転しそうだった。
(……言わなきゃ良かった。)
そう頭に浮かんだ瞬間、名無が口を開いた。
「大ガマさんはお上手ですね!
ちょっとドキッとしちゃいましたよ。」
「そっ、そうか……」
(そうか。じゃねぇだろ!今押していくとこだろうが!
でもちょっとしかドキッとしてないのか……)
完全にノーの回答ではなく、名無と変わらない間柄でいられる事への安堵感が大ガマを占領し、上手く言葉が出ずに薄く笑う事しかできなかった。
そんな笑い合う二人の頬をポツリと雨粒が濡らしたかと思うとあっという間に豪雨になった。
「大変!商品棚店内に移動しなくちゃ!」
「俺も手伝うぜ!」
「おおがまさん濡れちゃいますよ!」
「平気だって!雨は好きなんだ!歌い出したくなっちまうぜ!」
「私も好きですよ雨。」
「奇遇だな!」
「雨の日って好きなだけお家に居てのんびりしてても何も言われないじゃないですか。」
「そりゃまたどっかの引き籠りの誰かさん思い浮かぶなぁ!」
笑って話をしながら商品棚を店内に移動し、雨が弱まるのを待って大ガマは自分の店へと戻った。
通りの途中で振り替えると、キラキラとした雨粒のカーテンの先で笑って手を振る名無が見え、その媚諂う事の無い透明な笑顔が自分に向けられていると思うだけで胸が高鳴るのがわかり、自分だけのものにしたくなるのだった。
再び強まる雨。
二人が好きだと言った雨だったが、この先立ち込める暗雲を運んでくるのだった。