さよならの歌は歌わない
□第9話
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ひょお、と風が吹き、類の前髪が揺れた。
午後10時、早乙女学園の校舎の前である。
「(怖いなぁ)」
それしか浮かばない類。すぐ目の前には鉄筋コンクリートの校舎がもの言わずに佇んでいる。
その校舎がいただく夜空にも、まんまるに肥えた満月が浮かんでいて、いかにも何か出てきそうな雰囲気が漂っていた。
その光景を見つめていた類は昼間の出来事を思い出していた。
昼間の食堂にて。
「やっぱり幽霊なのかな」
幽霊、と聞いて類の体は大げさに震え上がった。
隣に座っていた美音はそれに気づかず、発言者である華恋に問いかけた。
『何の話?』
「美音知らないの?早乙女学園の七不思議」
実はね、と意識してないのに前のめりになり、ついつい抑えた声になってしまう。
隣に座って食事をしていた功太が「行儀悪いよ」と注意するが、彼女は聞く耳を持たず話を進め始めた。
「この学校にもあるんだよ。トイレの花子さんとか、動く人体模型とか、要するにあの手の怪談が」
『へえ?』
声をあげる美音。まだ恐れよりも興味の色が強い。
華恋は続けた。
「最近になってから噂されだしたんだけどね、この学園のあちこちで怪奇現象が目撃されてるんだって」
『怪奇現象…』
「そう。それで、その怪奇現象の数が七つあるから七不思議」
『ふーん』
「…あれ?あんまり怖くない?」
『んー…だってぇ。早乙女学園で不思議なことが起こるとしたら、全部シャイニーが原因だろうし』
「あー…」
「あの人なら有り得る話だね」
「………」
華恋と功太が納得の顔をしている中、類だけが浮かない表情をしていた。
『類、大丈夫?具合悪いなら保健室行く?』
「う、ううん!なんでもないよ!」
「何々?アンタもしかして怖いの?」
「!!」
華恋が指摘すると、類は顔を強ばらせる。
実は幽霊等の怪談系が大の苦手な類。図星だと気付き、華恋はさぞ楽しそうにからかい始める。
「怖いんだ〜男のクセしてー!」
「そ、そんなこと…ないよ!」
精一杯の強がりだった。しかし華恋はニヤニヤした顔でからかうのを止めない。
「いやいや、高校生にもなってお化けが怖いなんて情けない話だよ。ねっ、美音」
「!!?」
美音に話を振られ、明らかに動揺する類。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、美音は曖昧な笑みを浮かべて言った。
『誰にだって、恐ろしい物はあるよ』
………___。
それは美音にも怖いものがあるという訳で…それがなんなのかは、聞けずじまいであった。
ともあれ類は入らねばならなかった。夜の学校に。
忘れ物を取りに行くために。
「よし!」
己を奮い立たせ、校舎へと一歩足を踏み出した、その瞬間だった。
『何してるの?』
びくぅっ
突然後ろから声をかけられ、類はその場に頭を抱えてうずくまってしまう。
「わ゛ーわ゛ーごめんなさい!僕なんて食べても美味しくないよー!!」
『類、落ち着いて。私よ』
「…え?」
恐怖でパニックになっていた類だったが、聞き覚えのある穏やかな声にハッと我に返って後ろを振り返ると…
「美音…?」
立っていたのは美音と、隣では華恋が必死に笑いを堪えていた。
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