さよならの歌は歌わない
□第6話
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―本当にすごい歌手の歌はね、人の心を鷲掴んで離さないのよ
以前母に言われた一言が脳裏を過ぎった。その時は、意味がわからなかった。
確かに歌がすごい人の歌声は感動するけど、魅了される…というほどではないことがほとんどだった。
でも…今ならわかる。
私は今…彼の歌に心を鷲掴みにされていた。
『(すごい…)』
美音は歌う類にくぎづけになった。
声が出ない。息をすることさえ忘れてしまいそうになる。歌を聞いて心が震えるなんて信じられなかった。
聴き入っていると、いつの間にか類は歌い終わっていた。
「OK、合格よ。でもサビをもう少し響かせればいいかもね」
(はい、ありがとうございます)
緋沙子からアドバイスを受けてブースから出てきた類は、ようやく美音の存在に気づく。驚いた表情の類に、美音は何も言えずにいた。
「楠本さん…」
『…っ』
美音は堪らずレコーディングルームから飛び出した。
「ちょ、美音!?」
華恋が呼び止めるも、それも聞かずに美音は突っ走った。
『はぁ…はぁ…』
心臓がバクバクする…全身の血液が逆流するような緊張感がまだ続いていた。
どうして…どうしてこんなにも胸が熱いのだろう…
どんっ
しばらく廊下を走っていると、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
『ご、ごめんなさ…』
「みおちゃん?」
聞き覚えのある声に美音は反射的に顔を上げた。
ぶつかったのは、なんと春輝だった。彼は美音の様子がただ事ではないと悟り優しく問い掛けた。
「どうしたの?」
『あ、あの…その…』
興奮が収まらず、上手く声が出せない。春輝は背中に手を回すとポンポンと叩き始める。
「大丈夫大丈夫、ゆっくり深呼吸してごらん」
『………』
春輝の優しい声に従い、その場でゆっくりと息を吸って吐いてを繰り返す。
それを繰り返すと、ようやく落ち着きはじめた。
「落ち着いた?」
『…うん』
「何があったの?』
『………』
美音は自分が感じたことを正直に話しはじめた。
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