指先から愛を捧げよう
□第7話
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『依頼?』
突然の命令だった。
話があると聞いて社長室に来てみれば、作曲家として仕事を頼みたいという内容であった。
「悪ィな、どうしてもお前に頼みたいんだとよ」
「相手は超大手デース。無下にはできまセーン」
『一件だけなら大丈夫。受けるよ』
「サンキュ、助かるぜ」
龍也から仕事の資料を受け取り、早速読みはじめる美音。
その時社長室の扉がノックされて誰かが入ってきた。
「あれ?レディ」
『あら、レン』
入ってきたレンは、ソファーに腰かける美音の姿にとても驚いた様子だった。
美音はレンが現れた事情を悟り、視線を外して不満げに早乙女を睨み付ける。
『仕事なら私を通してって言ってるじゃない』
「oh ソーリーソーリー、しかし一緒なら一石二鳥デース」
「どういうことだい、ボス」
二人で並んで早乙女の話を聞くことに。
「ファッションショーに?」
「イエース!!Mr.神宮寺レン!youを名指しで、出演オファーが来たのですゥ!」
デスクを飛び越えたかと思えば、バシッと指をさして宣言する早乙女。
近くのソファーに腰かけていた龍也が口を開く。
「仕事の幅を広げるいいチャンスだ。心して取り組めよ」
「それはそうと、レディはどうして?」
『私はねーこのファッションショーのBGMを作ってくれって依頼されたの』
JBC(ジャパンボーイズコレクション)
若い男性向けのリアルクローズを対象としたファッションショーである。
なんてことはない。ショーのBGMの依頼は今までもいくつも受けた経験がある。
この間作った曲をベースにカッコいい曲を作ろうと、思考を巡らせながらふと…企画書の下に書いてあるメインスポンサーの企業名に目が止まった。
『(あれ…?)』
そこには間違いなく、神宮寺Groupと記されていた。
言うまでもなくレンの実家だ。
『(そんな…レン)』
この仕事に自分の家が関わっていることにおそらく気づいているだろう。レンの心境を思うと複雑な気分になった。
………___。
それからレンとともに社長室を後にした。
「今回は子猫ちゃんと仕事ができるんだね」
『間接的に、ね』
「それでも嬉しいよ」
寮に続く道を歩きながら会話をしていた二人だったが、美音が浮かない表情をしている事に気づいたレン。
心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫かい?浮かない顔だけど…」
『レン、無理してない?』
「!!」
美音は目尻を下げながら彼に問いかけた。一方でレンは心配そうな表情を見て、柔らかく微笑んだ。
突然の事に驚く美音。
『レン?』
「…ありがとうレディ。でも、大丈夫だよ」
彼はひどく優しい目で見つめながら続けた。
「俺は元々、兄貴の命令で早乙女学園に入ったんだ。今更どうこう言うつもりはない」
『………』
「それに今は目標を見つけたからね」
以前の彼だったら、反抗して断っていたであろう。しかし目の前のレンは前向きで仕事に積極的だ。
彼がここまで変わったのは、あの子の存在あっての事だろう、と美音は顔を綻ばせた。
『…君が変われたのは、春歌の存在があるからなんだね』
「俺を変えたのは子羊ちゃんだけじゃないよ」
不意に伸びて来た手にさらりと撫でられる頬。
驚きながらも黙って彼の顔を見つめていると、フッと彼が微笑み触れられていた手が離れていった。
「いや、なんでもない。お互い頑張ろうね」
それだけ言い残すとレンは立ち去って行った。
訳がわからず、美音はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。
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