らしくっ!

□第三話
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「これでよし、っと」


月曜日の朝。
部屋に差し込んでくる日の光は、柔らかい。

一通りメイクを済ませ、最後の仕上げにピンクベージュの口紅で唇を彩る。
それだけで地味な私の顔に華やかさを添えてくれるのだから、唇の血色って大事だと思う。

髪をセットしてオフィスカジュアルな服に着替え、全身鏡で最終チェックをする。

いつもよりも心臓の鼓動が速いのは、不安と緊張からだろう。

不意に足元を、ふわっと擽ったい感触が掠めた。猫のきなこだ。しきりに額を擦り付けてくる。


「ふふっ、キマってる?」


エールを送ってくれているみたいで、思わず笑みが零れた。頭を撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らして応えてくれる。

気合い入れなくちゃ。

今日は新しい職場へ、初出社だ。


土曜日の夜はうちの両親と松代さん松造さんが両家の再会を祝してという名目で、松野家で夕食をご一緒する事になった。

正直あいつらの顔なんか見たくなかったけれど、私だけ不参加なんて親達にあれこれ詮索されるだろうし面倒なので、形だけでもと置物同然で出席した。

六つ子の誰とも、目を合わせない。

ただただ時が過ぎるのを、待った。

お母さんは甘え上手なトド松が、お父さんはノリのいい十四松が気に入ったようだった。

だけどそんなのは、どうでもいい。
私にとっては、誰が誰でも同じなんだから。

お酒も入ってどんちゃん騒ぎの中、「疲れたから」という理由を残して私は一人自宅に戻った。

これでいいの。

松代さんには悪いけれど、決めていたことだから。

あいつらとは一線を引いて、接していくって。

もう……一緒には、いられない。


「いってきます」


パンプスを履いて、玄関まで見送ってくれたお母さんに挨拶して家を出た。
朝日が目に眩しい。

さあ、頑張ろう!

と意気込んだところで。


「1413!1414!」


危うくズッコケるとこだった。

お向かいの松野家の真ん前で、早朝から元気に素振りをしている男。


「あ!夢子ちゃん!!おは4!6!3のゲッツー!!」


野球バカの、十四松である。

ニートのくせになぜこんな早起きなの……。

しかもバットにはこれまたパジャマ姿で六つ子の誰かがくくりつけられていて、ぐったりしている。

私に気づいて、ダダダっと駆け寄ってくる十四松。バットをぽいっと投げ捨てたもんだから、くくりつけられていた誰かは「へぶっ」と道路に顔面を強打していた。


「夢子……ちゃん?」

「お、おはよう」

「すみません間違えましたさようなら」

「え?ちょ、いや、私だけど!?」


至近距離まで近寄ってきたかと思えば、あの大口開けた、にぱぁ顔が一瞬にして引っ込められ猫みたいな目で真顔になる十四松。

くるりと引き返していくその背に声を掛けると肩越しにこっちを向いて、一言。


「嘘だ、すっげー可愛いよ?」


………………。


失礼過ぎじゃない?



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