『らしくっ!』番外編
□このどうしようもない僕らを、笑って許して愛してくれ【未完】
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夢子、お前を当たり前に身近に感じていた。
生きるということが何なのかと問われれば、息をすること、そしてお前が隣にいることだと答えられるくらいに。
お前がいなくなるなんて、これっぽっちも頭の中になかったんだ。
でも、違った。
そんな当たり前の日々は砂が零れ落ちるみたいにさらさらと、崩れていく。
いつも足りない何かを、探しているような毎日だった。
それが一番顕著だったのはおそ松兄さんだ。
触れるもの全てをズタズタに切り裂いてしまうような、剥き出しの刃。
いつの頃からか、そう形容するのが相応しい人になってしまった。
何も知らない他人が見れば、“いつもの松野おそ松”だったかもしれない。
だけど俺には、俺たちにはわかるんだ。
六つ子だから。
俺たちは六で在りながら、一なのだから。
何が悪かったのか、何があの人をそうさせたのか。
決定的に欠けたものがあるとすれば、夢子だ。
彼女は俺たちを拒絶した。
拒絶し、目を背け、俺たちの前から去っていった。
中学を卒業し、この街からどこか遠くへ引っ越していった。
あんなにも一緒だったのに、本当の家族みたいに同じ時間を過ごしてきたのに
もう二度と会えないかもしれないのに
『さよなら』さえも、言わせてもらえなかった。
それから俺たちは、高校に進学した。
本当は俺は他の奴らとは違う学校に行きたかったけど、学費の高い私立はまず絶対に無理だし学力も六つ子なだけあって、どんぐりの背比べだった。
そして交通費のかからない徒歩で通える圏内の高校となると、必然的に全員同じ所に通うことになった。
仕方のないことだ。
六つ子に生まれた、宿命。
うちの経済力を考慮すれば男六人高校に行かせてもらえるだけでも、感謝しないといけない。
「おそ松兄さん、頼むから大人しくしててくれよ」
「えー何それ。なんで俺だけに言うのチョロ松〜」
「お前が一番危なっかしいからだよ!!母さんから言われたろ、高校では真面目にしろって」
「そーだっけ」
入学式。
空は快晴。朝の日差しが眩しい。
俺たちは真新しい制服に身を包み、六人で校門を潜る。
桜はもう散りかけていて、はらはらと淡く光に透けた桃色の花びらが舞い降りては、地表を彩る。
それはどこか幻想的だった。
だけど少し進めば見慣れない校舎が、俺たちを悠然と待ち構える。圧倒的な存在感と威圧感を放って。
老朽化しているのか、壁は所々灰色や茶色にくすんでいる。
小さなヒビも幾つか見える。
得体の知れない巨大生物が横たわっている、そんな風に見えるのは期待と不安からか。
いや、不安の方が勝っているからだろう。
なぜなら――
「よーこそ六つ子ちゃ〜ん」
「クソガキが、堂々と歩いてんじゃねーぞ!」
「お前らよくここに来る気になったなぁ」
「センパイが可愛がってあげるからさ〜楽しみにしててよ〜」
一階と二階の校舎の窓から、金髪やら茶髪やらとにかく明るい髪色のガラの悪そうな男達が身を乗り出してヤジを飛ばしてくるからだ。
「ギャハハハハ!」と豪快な笑い声が響く。
怖えーよ!ソリコミすっげー入ってる人もいるし!!
だから嫌だったんだよ……。
あんまり偏差値の高い高校じゃないし近所の評判も悪いし、中学の時に少しもめた先輩方も何人かここに進学している。
俺たちは、どこにいたって六人でいれば目立つんだ。
六つ子なんて世にも珍しい存在だから。
人の目を引けば、自然とトラブルにも巻き込まれる。
そしておそ松兄さんを始めとして、売られた喧嘩は買う気質な俺たちには敵も多い。
はぁ……バラバラで来ればよかった……。