10000打感謝企画
□夜明けをキミと
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どこまでも続く石段を、彼女の手を引いて上っていく。
星空にまで届きそうな、その先を目指して。
「おそ松くん、ここ……どこ?」
「いーからいーから。何も言わず俺についてきてよ」
俺の背にかかる声が、心許なく揺れる。
辺りは真っ暗だし、石段の両脇は黒い樹木がどこまでも広がっていた。
俺たちは、山の中にいる。
頼りになるのは朧げな月明かりと、踏み締めるごつごつとした足裏からの感触。
一歩一歩、上り詰めていく。
緑と土の匂いを含んだ空気は、ひんやりとしていた。
今の俺には、お前の手の温もりだけが確かなものだった。
目指すのは、ずっとずっと先にある神社だ。
数日前のことだった。
空が薄暗くなりだした頃、競馬場から引き上げてきたら街でなまえに会った。
会ったというか、後ろ姿を見つけたというべきか。
何となくだけどその背中が小さく見えたんだ。
もともと小さいけれど、より一層。
何の気なしに声を掛けた。
『おそ松くん』
『よっ。仕事帰り?……なーんか疲れてね?んな顔してるとイイ男どころか疫病神呼び寄せちゃうよ?あ、どっかのビッグなカリスマレジェンド人間国宝も寄ってきちゃうかなーだはははは!』
『……そうだね』
ありゃ。反応違くね?
いつものお前なら、『どこにそんな人いるのかなー』ってキョロキョロ探すふりするじゃん。
なんでそんな無理して、笑うの。
『何だよ……なんか、あった?』
『ちょっと、ね。仕事で嫌な事があっただけ。でも別に大丈夫だから、心配しないで!おそ松くんに会ったら平気になっちゃった』
だから、わかるんだって。
お前ウソつくの下手なんだよ。
笑うなよ。
笑いたくないのに、笑うな。
胸がキュッてなんだよ。
突き放された気に、なる。
俺は頼りにならないんだなって。頼ってくれないんだなって、自分の無力を痛感する。
いや、まあニートのギャンブル漬けに頼れって方が無茶かもしれないけどさ。
お前とは高校からの付き合いなんだぜ?
今までだって落ち込んだところは何度か、見てきた。
でもお前は誰にも頼ろうとせずに、一人で何でも解決してきた。
そういう芯の強さを、言わなかったけど密かに尊敬してたりもしてたんだよ。
けど、今回は違う。
気づいてたよ、前から。
お前は俺に笑顔をくれるけど、その笑顔に影が差していってた。
花が徐々に萎れるように、輝きを失くしていった。
今回ばかりはどうにもなんないんだなって、気づいたんだよ。
一人で背負いきれないんだろ?
俺さ、働いてないから正直わかってやれねえよ。
会社での辛さとか共感してやれねえ。
でも、伝えたい事があるんだ。
お前にどうしても、伝えたい。
んでまあ現在、石の階段を二人で上っている。
時刻は午前4時。
バカみたいな時間だよな。
前もってなまえに起きておいてって言って、あいつを家まで迎えに行ってここまで連れて来た。
「なんか、怖いね……」
「そ?俺に抱きついてもいーよ」
「バカ、……」
俺はへへって、笑いを零す。
恥ずかしそうに顔を逸らすお前が可愛くて、口元が緩んじまう。
確かに静かすぎて不気味だとは思う。
普段どれだけ俺たちが様々な音に囲まれているか、知らしめる。
いつもパチ屋とか競馬場だとか騒がしい場所にいるから、尚更。
だけどお前がいるなら、お前と一緒ならこんな世界でもいいのかもな。
何もなくたって、無音だって、お前の声が届くならそれでいいのかもな。
この距離でいたい。
俺の声が、お前の声が、互いに届くこの距離にいたい。
「相変わらずだよね、おそ松くんは。キミはいつだってそう。変わらない」
なまえの言葉を振り返らずに、聞いていた。
俺を責めるわけじゃない、むしろ柔らかい声色だった。
これでもさ、キンチョーしてんのよ?
繋いだ手から俺の心臓がバクバクいってんの伝わっちゃうんじゃないかって、割りとビビってんのよ?
ま、そーいうとこ見せないけどね。
バレてないならいいや。
お前の前じゃ“いつもの俺”でいたいからさ。
終わりなんかないんじゃないかってくらい天に向かって伸びていた石段も、やがて頂上が見えてきた。