らしくっ!
□第一話
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ほんのちょっとばかりの、うたた寝のつもりだった。
――――夢子、夢子ってば。
「う、……ん」
誰かが私を呼んでいる。
だけど目が開けられない。糊でもくっつけられてるんじゃないかってくらいに、上下の瞼は離れてくれない。
「ちょっと夢子、いい加減にしなさい」
「ん〜……」
次第に声は大きくなり、輪郭も色濃くなる。苛立ちさえ見え隠れさせて。
「起きなさいって言ってるでしょ」
「う〜あともうちょっとだけ、」
本当に眠いんだって……。
少し危ない気配を感じながらも、寝返りをうとうとしたその時だった。
「いつまで寝とんじゃワレこらあぁ!!アホみたいなツラしやがって!いてまうどおんどれ!!!」
「ひいいいぃ!?」
部屋に響き渡る、空気を張り裂かんばかりの怒鳴り声。
私は小さな悲鳴をあげ、ベッドから転げ落ちた。
声の主は最強の目覚ましこと、母であった。
「ねえ、やっぱり私も行かなきゃダメ?」
玄関でかがんで靴を履いている母の背に、声を掛ける。
私の弱気な声色を察しているだろうに、「当たり前でしょ」と一言冷たい返事が返ってきただけだった。
「また松代ちゃんとあの六つ子くん達とお向かいさん同士で住めるのよ〜!ああ、ワクワクが止まらない!こんな日がまた来るなんて……」
あたしゃワクワクどころか原因不明の頭痛が止まんないよ……。
“六つ子”というワードに、胸が微かな痛みを訴える。
松代さんはいいにしても、あいつらには会いたくない。
だってロクでもないことにしかならないのは、目に見えてる。
胸躍らせてる母を尻目に、ハァと盛大なため息をついた。
「夢子、あんただってもうあの子達と中学の時以来会ってないんだから、どうなってるか気になるでしょ?もしかしたらすごいイケメンになってるかもよ〜?急に一緒に遊ばなくなったけど、まぁ思春期だったものね。今ならそんなのも笑い話にできるんじゃない?」
憂鬱な面持ちの私に母はあっけらかんとそう言い放つ。
この人は今まで一体何を見てきたんだろうか。
あの顔がどうやったらイケメンになるの。
カナヅチで百億回ブン殴らない限りは無理だろうし、その役目は是非とも私にやらせてほしい。
まぁそれはいいとしても。
違うんだよ、お母さん。
そんな単純なものじゃなかった。
いや……大人から見れば単純なのかもしれなかったけれど、思春期だったからこそ。
その頃の私には、耐えられなかった。
彼らといることが、
どうしても――無理だったんだ。
だけど、仕方ないか。
家が向かい同士になってしまった以上、嫌でもこれから顔を合わせることになるんだ。
そう。もう大人なんだから、母の言う通りきっとみんな落ち着いた立派な社会人になってることだろう。
適度な距離を保った関係を築けるはずだ。大丈夫。
腹をくくり、私は母と共に松野家へ向かった。