10000打感謝企画

□She
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「いこ!」

「ああ」


二人並んで、歩き出す。


「私ね、今日すっごく楽しみにしてたんだ。だから緊張しちゃって、あんまり眠れなくて」

「そうか」

「カラ松くんはいつも通りだね。悔しいなぁ、私だけ張り切ってるみたい」


なまえが上目遣いで、見上げてくる。少し拗ねているのか唇を小さく尖らせる仕草が、たまらなく可愛い。
だけどすぐに目元を緩めて朗らかな笑顔を、俺に見せてくれる。

やめてくれハニー……抱きしめたくなるだろ。
思いっきり抱きしめて、柔らかそうなそのほっぺたに頬擦りしたい。


「可愛い」

「え?」

「いつも可愛いけど今日はサイコーにキュートだハニー」

「そ、そんなこと、ないよ……」


恥ずかしそうに、なまえは赤くなって俯く。

この人は本当に俺の彼女なんだろうかと、疑ってしまう。
それくらい魅力的なんだ。

キミの隣を歩けることを、自慢したい。子供みたいに、自慢してまわりたい。

こんなに素敵なレディの彼氏は、俺なんだって。

本当は俺の方が何倍も緊張してるのに。
一睡だってできなかった。
初デートなんだ、俺となまえとの。

毎日ラブレターと共にバラをプレゼントして必死にアタックし続けた結果、根負けしたのかなまえは俺の彼女になるのを了承してくれた。

それから食事に行ったりはしていたが、まともに出掛けるのは今日が初めてだ。

おかげで遅刻しそうになって、十四松に頼るハメになった。

何度も何度も思い描いたシミュレーションなんか、何の役にも立ちはしない。

気の利いた言い回しだって、できない。

あんなに刻み込んだのに、キミの前じゃ真っ白になって結局口から零れるのは単調な言葉だけだ。

ただただ心のままに、伝えたくなる。


「やっぱり人多いね〜」


目的の場所に着けば、駅前よりも遥かに混雑していてほんの少しばかり身構えてしまう。

水族館。

なまえが行きたがっていたから、ここを選んだ。


「入るか」

「うん!」


入場チケットを二人分買い、人の波に流されていく。
入り口のゲート上部に掲げられた海の生き物達が描かれた巨大な看板の下を潜って、俺たちも施設の中へと進む。


「わあー!可愛い!!」


最初の《川辺に住む生き物ゾーン》に展示されているカワウソを目にして、なまえが歓声をあげる。


「見てみて、カラ松くん!」


本当に嬉しそうに彼女は笑う。

周りの子供達と同じようにガラスに張り付いて、瞳を輝かせる姿に釘付けになってしまう。


「フッ、リトルアニマルに夢中だな」

「だって滅多に見れないもん」


俺はキミに夢中だ、ハニー!
とは、なぜか言えない。

怒られそうだからな。


「っていうかさ、これ意味ないでしょ?外そうよ」


そう言って、なまえが俺の顔へと手を伸ばしてくる。
ひょいと、サングラスを取り上げられてしまう。


「うん、男前!」


彼女が、はにかむ。

ダメだ。それがなくちゃ、ダメなんだ。

だって余裕がない。

キミを直視できなくて、カッコ悪く視線をあちこち泳がせてしまう。
そんなのはスマートじゃないだろう?


「あっちはラッコだって!」


館内はどこへ行っても人だかりで、孤独と静寂を愛する俺としてはこの空間は少しばかり重たく感じる。

だが、


「ああもう可愛すぎて、ずっと見てたい〜!」


この笑顔があるなら、それでいい。

キミの喜ぶ顔が見たかったんだ。



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