10000打感謝企画
□夜明けをキミと
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「ふぁーやっと着いたー」
「疲れた……ハァ……」
なまえは息を切らしながらも「普段の運動不足がこういう時に祟るよ」と、吐き捨て同然に漏らしていた。
俺も少し呼吸が乱れる。
灰色の硬い階段を上りきれば、鳥居が出迎える。
昼間ならきっと鮮やかな朱色のそれも今は闇に塗り替えられて、神聖な物のはずなのに俺たちを飲み込もうと待ち構えている魔物の口みたいだった。
俺は幽霊だとかそういった類のものは信じてない。怖くだってない。
けどなまえが怖がるのも、この風景を目にすればわかる気はする。
深夜の神社ってのは、言いしれようの無い異様な雰囲気を漂わせる。
この無音の圧力が、信仰心の欠片もない俺にだってもしかしたら神様って本当にいるんじゃないかなんて、思わせるんだ。
夜気がますます冷たく鋭くなる。
ここは小さい神社だ。
ほとんど参拝する人のいない、何かの祭事や正月くらいしか賑わうことのないような所だ。
だから好都合だった。
俺が今からしようとしている事を咎める者は、誰もいないんだから。
それにもともとここは“そういう”御利益があるんだ。
だから、選んだ。
石段はそのまま石畳となって、真っ直ぐ参道を作る。
境内は狭くって、鳥居を潜ればすぐに神様がいらっしゃるらしい社殿が真正面に建っていた。
一度離れたなまえの手をもう一度取って、二人で社殿の前に立った。
「おそ松くん、ここ……」
「ああ、ここは縁切りの神社だよ」
俺がそう言うと、なまえの目が見開かれる。
「え……縁切りって……私と、縁が切りたいの?ねえおそ松くん……!!」
「待て待て!“俺と”とは言ってねーだろ?」
それまで星の光を映していた彼女の瞳が、陰る。
余りにもなまえが必死な表情だったから、慌てて否定する。
なんで俺がお前との縁を切らないといけねーの。
っつか、こんな状況でアレだけどそんなに焦られたらさ……俺、期待しちゃうよ?
俺との縁は切りたくないってことだろ?
ちょーっと嬉しくなっちゃってるよ?
「お前が切るのは、お前が縁を手離したい相手だよ」
そう、ここで決別すればいい。
「嫌いなヤツいんだろ?お前を苦しめてるヤツがさ。ぶっ飛ばしてやりてえけどさ、現実的に考えて無理じゃん?だったらさ、ここでスパッと切っちまえ」
「縁を、切る……?」
「そうだ。足掻いて足掻いて、それでもダメなんだろ?無理なことってさ、あるんだよ。どんだけ頑張ったって、どうにもならない事ってあるんだよ」
なまえが俺をじっと見つめる。
淡い月光が彼女の潤んだ瞳に反射して、キラキラと煌めいて湖面のようだった。
「お前がどうとかじゃなくってさ、ソイツとは縁がなかった。ただそれだけだよ」
お前の事だから限界まで頑張ってるんだろなって、想像はつく。
よくやってるよ、本当に。
その小さい肩に全部背負いこんでさ。
俺が彼氏だったらな。
すぐにでも抱き寄せるのに。
考える隙さえ与えないように、強く抱き締めるのに。
こんなに距離は近いのに、そうもできないもどかしさが胸の奥で燻ってる。
「意外だね。おそ松くんは、神様とか信じてないと思ってた」
「そーでもないよ。パチンコとか競馬で負けが続いたら祈っちゃうよね〜勝利の女神様勝たせてください〜つって」
「それはまた違うでしょ」
その時のなまえの笑顔は、本物だった。
もうこれ以上、枯らしたくないんだ。
だからさあ、なまえ。
「あ、私お賽銭ないよ」
「俺が持ってる」
ジーパンのポケットをまさぐれば、じゃらじゃらと音がする。小銭を掴むと「はい」となまえに手渡した。
なまえには財布も何も持ってこなくてもいいと言っておいたから、予め用意してたんだ。
五円玉19枚。95円。
彼女は手の平に落ちた沢山の五円玉の重みに、ぽかんとしていた。
そりゃそうなるよな。なんで全部五円玉なんだって。
「いいの?おそ松くんいつもお金ない〜ってボヤいてるのに」
あ、そこ?
「まあね。そんだけ本気ってこと。わかってよなまえちゃん」
「95円の本気かぁ。うそうそ、貴重なお金をどうもありがとうございます」
冗談交じりになまえがぺこりと俺に頭を下げてみせる。
ぜってーバカにしてるだろ。
ちゃんと意味あんだよ?
「ねえ、指……どうしたの?」
なまえの指摘に、ドキッとする。
左手の指5本に貼られた絆創膏を見つけられてしまった。
うまく隠してきたつもりだったのに。
「犬に噛まれた」
俺は適当にごまかしておいた。