main(長編)
□6.その答えは
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コンコン、
と目の前の重厚な扉をノックすれば、中から静かな声で入りなさいと返事が聞こえた。
「治療士副室長名無しさん入ります。」
扉を開き中に入ると、目の前の椅子に座る見慣れた金色の髪がサラリと揺れる。
「先日の考試で負傷した者たちの状態と治療経過の報告に参りました。」
手元に抱えていた報告書の束をドサリとこの部屋の主人、イザナの座っている机の上に置くと名無しさんは、では失礼しますと踵を返し今入ってきた扉に向かって颯爽と歩き出そうとした。
が……、
「待ちなさい。」
焦りも、怒りも、何も含まれていない静かな声に名無しさんの動きはピタリと制止される。
名無しさんは心の中で盛大なため息を吐くと共に、やはりすぐには帰してもらえないかと、予想通りの展開に肩を竦めた。
「何か用事?イザナ。」
ちらりとイザナを返り見ると、彼は真っ直ぐに名無しさんを見つめている。というか名無しさんの足元を見つめている様に見える。
ーーマズイ、バレているのか。
名無しさんがそう思うが先かイザナがフッと笑いながら開口する。
「まだ荷重が掛けきれていない歩き方をしているな。無理をした怪我がまだ完治しないのか?」
ギクリと名無しさんの肩が揺れるのをイザナは見逃さなかった。
「治療士がリスクも考えず行動したあげく怪我を負うなんて、笑い話以外のなんでもないと思わないかな。」
綺麗な顔で微笑みながら紡がれるその静かな声に、名無しさんは肩を落とした。
「ごめん、無茶をした挙句副室長の立場にありながら怪我をした事は本当に悪かったと思ってる。もうしないからそんなに怒らないでよ。」
シュンと項垂れる名無しさんは本当に反省している様だった。
その様子を見たイザナは小さくため息を吐くと、カタリ、と椅子から立ち上がり名無しさんの側までやってくる。ふわりと名無しさんの長い髪を掬うとそのままサラサラと流しながしはじめたので、名無しさんはどうしたのかと不思議に思いイザナを見つめる。
「あまり心配をかけさせるな。」
先ほどまでの言葉と違い、温かな温もりのある声がふってきたので名無しさんは驚いて目を見開いた。そしてすぐに意味を理解し笑顔で答える。
「うん、もう無理はしないよ。」
小さい頃からイザナとは兄妹のように接してきた名無しさんとって、イザナの行動は単純に自分を妹のように心配してくれたのだろうと解釈した。
こんな風に髪を撫でられる事は幼少期以来であり内心驚いてはいたが、まぁそんなものだろうと特に気には留めない事にした。
ーーその言葉に含まれる真意を、イザナしか知らない事には気付かずに。
仕事の続きがあるから、と名無しさんが退室したあとの部屋には再び静かな時間が戻る。
「……あの野良猫は名無しさんをどうするつもりなんだか。」
ポツリと呟いた小さな独り言は、その静かな空間に誰にも聞かれずに消えたのだった。