main(長編)

□1.治療士なるもの
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「治療士副室長名無しさん入ります。」


トントンとドアをノックすると、中からどうぞ、と静かな声が返ってくる。
ガチャリと重厚な扉を開ければ1番奥の大きな窓の前、見慣れた金の髪が見える。


「やあ名無しさん、遅かったね。」



ふわりと微笑むイザナを見て名無しさんは少し安心する。顔色などから見るに体調は悪くなさそうだ。


「具合が悪い訳ではなさそうですね。何処かお怪我でもされましたか?」


名無しさんが心配そうにイザナを見つめると、プッとイザナが吹き出し口元に手をやりながらクツクツ笑い出す。


「いや、すまない。今は他に誰も居ないのだから堅苦しい会話はよそう、名無しさん。」


その言葉を聞いて名無しさんは盛大なため息をつきながらイザナをジロリと見つめる。


「…イザナ、用事は何ですか。」


「まぁ座りながら話そう。」






ただの治療士が国の第1王子にこんな言葉遣いをしようものならば、どこかの公爵に切り捨てられそうな話だが、イザナは名無しさんにそれを許している。国の王になるよう、国に代々仕えるよう、お互いが産まれながらにして背負った宿命もあったからか、小さな頃から2人は接点が多くあった。


代々治療室長を名無しさんの家系が担ってきた事もあり、イザナの治療に名無しさんが当たる事が増えその働きを認められるのにそう時間はかからなかった。
そして成長し、それぞれの地位に着いた頃にはお互い信頼と尊敬という関係が確立していた。
イザナ専属の治療士という肩書きは、名無しさんのこれまでの功績を認められたが故にある。







「それで、治療目的で呼ばれたのでは無い事は分かりました。話って何ですか?」



分厚いソファに腰掛け、目の前に座る青い瞳の主に質問する。




「最近、赤髪を持つ子が城に入ってね。ついでに大きな野良猫まで入ってきた。」



青い瞳の主は視線を床に落としながら続ける。



「…何がしたいんだか。」




少しの沈黙があり、


「赤髪?はよく分からないけど、野良猫なら追い払えばいいじゃない。」


と名無しさんが切り出すと、イザナは静かに微笑んでこう言った。




「じゃあ名無しさん、野良猫を追い払ってきてくれるかい?」
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