main(長編)
□4.胡桃石の少女
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それから数刻後、控えの間にも必要量の治療品を準備した方が良いと考えた名無しさんは治療室で手際よく物品を揃えていた。
「よし、こんなもんかな。」
準備も整い一息ついていると、コンコンと何かを叩く音が聞こえた。名無しさんがふと、顔を上げると窓の外からオビが手を振っている。
「オビっ⁉あれ?ちゃんとした格好してる。」
「びっくりさせたかい?さっきまで主の客人と同席してたからね。名無しさん嬢、急ぎの用がないなら少し散歩しないかい?」
急な、しかも窓の外からの誘いに名無しさんが固まっているとオビはスルリと窓から入り込み
名無しさんの手を取った。
「まぁ、返事は聞かないんだけどね。」
オビに(半ば強引に)連れられて、名無しさんは城の薬草園近くを歩いている。
「オビってゼン殿下が居ない時はこんな自由に動き回ってるんだね。」
はーっと大きく息をつき、名無しさんはオビを見上げる。普段こんなに外を歩き回らないので、名無しさんにとっては新鮮な時間だった。
「いやぁ、こうして動いてると色々知ることが出来るからねぇ。ジッとしてるのは性分に合わないのもあるし。外に居たから名無しさん嬢も会えたワケだし。」
振り向きざまにフッと微笑みながら言われた当の名無しさんは、その言葉に無意識に顔が赤くなる。
「オビはすぐそういう恥ずかしい事サラッとを言うよね。あとその嬢っていうのもなんか恥ずかしいから止めてよ。」
頬を赤らめたまま名無しさんが答えると、オビはそうかい?と首をかしげた。
しばらく歩いていると、薬草園の木の下に見覚えのある赤髪が動いている事に気付く。
「あれは確か、白雪殿……ってオビ!何するの⁉」
その木にタンタンッと身軽に登ったオビは名無しさんに向かって手をヒラヒラ振ると、
(静かにしてて)
と口元に指を立てて合図した。
「まさか…」
ガッサーッ‼‼
「今日もせいが出ますねぇ宮廷薬剤師(見習い)どの!」
「……⁉…オビ⁉あれ、なんかちゃんとした上着着てる。」
「……俺普段そんな変な服ですかね?」
遠目からそのやり取りを名無しさんが見ていると、白雪がこちらに気付いたのかバッと立ち上がった。
「名無しさん副室長も一緒でしたか!」
「うん、オビに連れられて…。あ、名無しさんと呼んでもらって構わないよ。なんか私だけ堅苦しい呼び方になっちゃうから。」
「いえそんな、尊敬する治療士ですので……。恐れ多くて…。」
恍惚の表情で名無しさんを見つめる
白雪に、いいからいいからと微笑むと
では名無しさんさんと呼ばせて頂きます。と白雪は遠慮がちに答えた。
溢れる程の笑顔がその赤髪によく映えるな、と名無しさんは白雪を見て感じたのだった。